奴豚 牛美の長期滞在型ジプシー生活

2007年からマラソン始めた夫「奴豚」と 妻「牛美」。テーマ:マラソンに出場しながら旅してます

博物館めぐり

  • 2013/04/10(水) 14:08:39



    博物館めぐり



Museo Arqueologico Nacional BRUNING 

Hans Heinrich Brüning氏の名前を冠したブルニング博物館

ランバイアケのシパン王墓博物館から数ブロックのご近所にある。
ここは主に出土品のセラミック壺類や宝石、金銀細工品の展示。
当時の暮らしが分かるような生活道具や布などの展示もあり。
王の墓から出てきた秘宝類と骨を展示しているシパン博物館とは少し趣が違う。

   やる気のなかった牛美はカメラを部屋に忘れて行ったので写真なし。





Museo Nacional SICAN 

島田 泉 博士が発見発掘し名付けた シカン博物館

フェラニャフェFerrenafe(余計なお世話だが、ふにゃふにゃした名前だ)の町の端っこに建つ。

タクシーやコレクティーボならチクライヨから20分程度。

シカンとは月の神殿の意味だそうだ。TBSの援助により発掘された墓。




  骸骨に肉付けする過程 

     肉付け完了               で多分こんな外観
                   

ここの展示にはレプリカが多いのだが、実物大模型のようで一目瞭然分かりやすくて良い。本物の人骨はシパン王墓博物館で沢山見たからね。 
           


     最大の謎は、この墓から発見された重要人物の埋葬法である。


  逆立ち状態?

 頭は切り離されて置かれていたそうである。謎は未だに解明されていない。
 置かれた両の腕といい どんな意味があったのだろう。




年代的には、シパン王のモチェ文明が古く、その後にシカン文明、そしてインカ文明と続く。チクライヨはインカ文明以前に栄えた土地である。



               
ピラミッドも沢山あるが、どれも普通の丘のようで言われなければピラミッドとは思わない。土れんがを積み上げ築いたてっぺんが平らなピラミッドである。神殿や住居になっていたと思われている。
そんな小高い崩れかかったピラミッドとは思えない山や丘が ここいら周辺に何十とあるのである。


古代の神秘に惹かれる人には 是が非でも来てみたい場所でしょ?
そんな場所にいながら 嫌いだ来るんじゃなかったなどと贅沢な不満は言ってはいけないね。


写真右)は インカ以前の壁画にも登場するヘアレス(毛のない)犬。
博物館をうろついていた。人相(犬相?)悪いけど。。。


考古学の町 CHICLAYO

  • 2013/04/08(月) 07:04:24

チクライヨ。 はっきり言おう  "好きな町ではない。"

博物館見学目的がなければ 端折ってしまっても後悔しないかもしれない。が、これも来なければわからないのだ。


遺跡、考古学、人骨、秘宝、ピラミッド、 これらを聞いて心がときめく人には欠かせない場所であるが。

もともと美術館・博物館が嫌いな奴豚には辛い場所だ。

到着当初は「食事の選択も多いし店も沢山でいい町だ」と発言した奴豚も三日目あたりから「リマへ帰りたいね〜」と漏らすようになった。
我慢強い牛美でさえ毎日土埃に巻かれ、マンホールから汚水が溢れ出て下水道の臭い漂う通りに嫌気がさし、『カハマルカが雨でもいいから早よ帰ろうや…』という気持ちになっている。



数限りないバイクタクシー(三輪)がブインブインと駆け巡る、ブレーキを踏むことのない車達、狭くガタガタの未舗装路に汚水が乾いて風に舞い身体にべったり貼りつく町中、chaos(カオス)。
屋台で買い食いはゴメンだし、店を選ばないと腹を下す。(既に二回下している)



カハマルカへ戻るバス券は買ってあるし、カハマルカからリマへの飛行機も変更不可なのだ。
ある意味 北ペルーでスタック状態。じっと時が過ぎるのを待っている日々である。
         こうと知っていたらリマに居るんだった。。。

カハマルカもだったが、ここチクライヨも走れない、まともに走れる場所がない。。走っていたら悪い事でもしたんじゃないかとお巡りさんに捕まりそうだ。仕方なく部屋で筋トレとストレッチなり。ビッグサーマラソンはすぐなのに…。…。…。

      



それでも、

もう二度と来ない場所ならば尚更 精力的に見て回る以外にないだろうと、嫌がる奴豚のケツ叩いて博物館めぐり



宿の側に広い広い市場があるので紛れ込んで迷子になったり、暇にまかせて散髪したり。ヘアカット3ペソ110円なり。
ヘアスタイル写真から選んだ髪型にちゃんとなったぞ。満足。


宿は隅々までとても清潔、掃除がいききとどいて親切なのだが、、、

  宿泊客の皆さんは音楽好きのようで、
 朝は6時半から夜は12時までボリュームマックスなのは何故だろう?
ちょと困る。奴豚は怒って吠えてるし。。。

チクライヨは何かと騒々しい町だ。




(この日記をアップした翌日、ナスカで更なる地上絵の発見が発表された。絵は片方が片方の頭を切っているように解釈されたが、上に載せた壁画の写真もちょん切った頭をぶら下げているものである。ガイドによると戦いに負けた側の王はクビを切られたそうだ。)


CHICLAYO で Museo 見学

  • 2013/04/06(土) 02:27:35

Chiclayo チクライヨに来たのは遺跡と博物館見学の為。


早速お目当ての博物館へ 乗合バスで行ってみた。


それにしても 名称がシパンとシカンで紛らわしいんだ。Sipan と Sican。

今回行ったのは
Museo Tumbas Reales de SIPAN (シパン王墓博物館)

チクライヨ市内からはバスで20分程度、すぐそこの隣町 ランバイヤケ Lambayeque にある。
このランバイヤケの町というのがこれまた騒々しく 特徴も面白みもない所で、これほど立派な博物館を建築したのならば、もっとどうにかプロモートしませんか?という残念な町であった。
町おこしには絶好の条件なのに 観光客も博物館前からタクシーでとっととチクライヨへ戻ってしまう、全く悲しい素通りの町になっていた。



博物館外観。新しく立派。デザインも斬新。なかなかいいぞ。



カメラ禁止。携帯電話も持ち込み禁止で入口でロッカーに仕舞わねばならぬので内部の写真はなし。
ご興味のある方は各自ご検索下さい。
内容は素晴らしく、英語のガイドさんを頼んで1時間半 充分に堪能させてもらった。
展示の説明文はスペイン語のみである。世界に誇る博物館なんだから英語表記くらいつけてくれてもいいものだろうに。。。 ガイド代稼ごうって魂胆かな? ガイド料は別途30ペソ也。


Chiclayo へ

  • 2013/04/05(金) 08:02:21

雨のカハマルカでカビが生えそうだったので チクライヨという町へ移動した。
チクライヨはペルーの北、海からさほど遠くない ほとんど雨の降らない乾燥地帯である。
雨季から乾季へ えらい違い。


バスは 『カハマルカってこんなに山奥だったの?』と再認識させてくれるほど 嫌ってくらいにクネクネ山道をカ〜ブカ〜ブで標高を下げて行く。下りきるまで約1時間半、すっかり乗り物酔いだ。
下ってしまえばあとは普通のアスファルトの道を無謀な追抜きの連続でチクライヨまで合計6時間。


ペルーのコメどころチクライヨ。
さとうきびと米畑の郊外の風景はまるで東南アジアにワープしたようだ。蒸し暑いし、タイかベトナム風。
この地の米は日本米に味が近いらしい。


さて、町に近づくと 道路脇にはゴミが散乱してひどい事になっている。なんじゃこりゃ この大量のゴミ、なんとかした方がいいんじゃありませんか?
ゴミ処理場がないのか、これが処分方法なのか。。。風にゴミが吹き飛ばされてますけど。



チクライヨは1987年に遺跡が発見発掘され、一躍世界的に有名になった町である

エジプトのツタンカーメン以来の大発見だったそうだ。なにより 発掘された墓には金銀財宝がザックザックだったのだそうだ。その後1991年に発掘された墓にも金銀が眠っていたそうだ。(こっちは日本の調査団とTBSの協力)

チクライヨでは、それらの発掘物を納めてある 立派な博物館見学が目的である。
金銀宝石と人骨、文化の勉強なり。



Ventanillas de Otuzco オツスコの墓跡

  • 2013/04/04(木) 14:22:31

Ventanillas de Otuzco


カハマルカの町から乗り合いバスで30分程の所にあるVentanillas de Otuzco オツスコの墓跡を見に行った。



カハマルカは遺跡が町から近いので自力で簡単に行けて便利。


時の流れと共に少しずつ風雨にさらされ崩れつつある墓跡。

こんな小さな穴に埋葬されていたのか、北ペルーの墓はコンパクトだなぁ。小さくたたまれ膝を抱える姿勢だったろうと思われる。



そういえば先日、広大な国土を持つオーストラリアでさえ 埋葬方法を立ち姿勢に変え 土地の有効利用をしてはどうかという提案がなされていたニュースを読んだ。火葬の日本も団地のような(または立体駐車場のような)墓があるくらいだものなぁ。
墓ねぇ、、、子供の居ない我々は先に逝ったもん勝ちだな。。。


話がそれてしまった。


オツスコは道路脇にあり 乗合バスは正面でおろしてくれる。
南米のバスは実に便利。何処でも止まってくれる。道路脇で手を上げれば何処であろうと乗せてくれるし、ここやあそこで降ろしてと言えば 目的地の真ん前まで行ってくれる。安いし。時にはぎゅうぎゅう詰めだけど。



また話がそれた。。。


と言うか、あっけなく見学が終わってしまい これと言って特筆することがないのである。

オツスコは、そういうところである。

Cajamarca インカ道

  • 2013/04/03(水) 09:41:06

雨季のカハマルカ


一日中降り続くことはないが、毎日昼頃から決まって雨。
部屋も湿って、小物を洗濯しても乾くまで二日かかる。
やはり雨は憂鬱だ。濡れたランニングシューズを履くのも嫌だ。どうも気合が入らない。


この町の犬達は縄張り意識が強く凶暴だ。
走っているものを見ると人だろうがバイクだろうが車だろうが狂ったように突っかかって行く。歯を剥き出しで挑みかかってくるヤツらを棒で追い払い、石を投げつける。その繰り返しにウンザリで走りに行く気持ちが失せるのだ。


せめて One day One thing (一日 なにかひとつはしよう)と決め行動。

  二日目:標高3千メートルジョギングと市場探索
  三日目:クンベマヨツアー & 散歩
  四日目:ラン航空にて先日の欠航便補償金請求と受取り & バスチケット購入
  五日目:奴豚のみ午前中ランニング。教会巡り & 散歩
  六日目:クンベマヨから町まで20キロラン と 犬との格闘


町中は車やバイクタクシーが交通ルールを無視して走り回っているのでとても走れる環境ではなく、仕方なく山まで上がる。
が、山へ行くと凶暴な犬達が沢山いるので 人里離れたクンベマヨまでわざわざタクシーで行き走って戻って来た。
“岩の森”クンベマヨは標高3500メートル。そこから町まで20キロ下るジョギングは景色も天気も良く楽しかった。
町に近づくにつれ犬が増える。嫌になるなぁ〜、バカ犬どもめ。

ウシュアイアの犬達は犬種はシェパードかハスキー系で ガタイはデカイが皆 おっとりして なつっこかったが ペルーの犬達は中型の雑種で 気も小さいのかな?



  そう、ここには本家本元、由緒正しい”インカ道”がある。

クスコ近辺でインカ道と呼ばれているのは 単にインカ時代から使われていた道のひとつだが、ここのインカ道はクスコから王様が湯治に来る為に使っていた 言うなれば「王様の道」。インカの王が台座に乗り往復した道である。(ちなみに 王は自らお歩きになる事はなかったそうで。。)
雨季の今は 日によっては川のようにもなるが。。。トレッキングは可能である。


Cajamarca カハマルカ

  • 2013/04/02(火) 00:43:26

カハマルカは酪農が主産業。


乳製品が豊富である。町はまだ観光客すれしておらず、おっとりのんびりだ。
中心にあるプラザアルマ周辺に必要なものは全て揃っていて便利。

乳製品 特にヨーグルトやミルクから作る濃厚なペーストを売る店、クッキーやパイ等バターたっぷりのお菓子屋、チョコレート屋と なかなか美味しい町である。



     

プラザアルマから階段で登った所にある教会とそこから町を見下ろす。

   


インカ帝国最後の王がここでスペインの征服者に捕らえられ殺された事で有名である。

クスコから度々この地にある温泉に来ていた王様は入浴中に捕らえられ監禁された。
釈放を条件に、監禁されていた部屋を金銀で満たしたのだが、スペイン人は約束を破棄して王様を殺してしまったそうだ。お陰でペルー人はスペイン人を信用しなくなったという噂ははたして本当かな?

その部屋はランサムルーム(身代金の部屋)として公開されているのだが、我々が行った時はメンテナンスで休み。




インカ文明以前に使われていた 神聖な儀式の森を訪ねる。
クンベマヨ:岩の森(ストーンフォレスト)と呼ばれる場所である。
     

岩の裂け目を通り抜ける。さらに岩の森は広がっている。
    


ここは貴重な水源でもあり、緻密な水路を見る事が出来る。
3千年も前に造られたそうな。
    

丁寧に説明してくれるガイド訳の教授の勧めで 茹でとうもろこしを購入。チーズと一緒に食べるのがこちら風。(とうもろこしの後ろに教授)


写真左)3千年前の地図。
水路設備を示した地図だったのか?マニュアルか?


カハマルカは今 雨季。連日午後から雨。
この日も途中から強い雨に叩かれながらであった。



前へランダムサイト一覧次へ参加申し込み