奴豚 牛美の長期滞在型ジプシー生活

2007年からマラソン始めた夫「奴豚」と 妻「牛美」。テーマ:マラソンに出場しながら旅してます

コンドルを探して。。。

  • 2013/02/28(木) 06:03:26

アレキパは長居したくなるいい町だが、アレキパを訪れる外国人旅行者のほぼ100%はコルカキャニオンCOLCA CANYONへ行くのが普通だ。


御多分に洩れず我々もコルカ渓谷へ向かった。

早朝のアレキパ郊外も走ってみたが 世界で最も深いという渓谷を駆け回りたいーというのが本音である。渓谷には数知れぬトレイルがある。

コンドルの生息地としても有名だ。コンドルが舞う渓谷を何処までも何処までも走って行こうじゃないか。


午前3時、迎えのマイクロバスに乗る。
市内を回って集客し、バスは渓谷へ向け出発した。

渓谷入り口の村まで約4時間弱。25分の朝食休憩の後、コンドルが多く見られるという展望台へとさらに渓谷の奥へ入って行く。

雨季の今は、なかなか巣から出てこないらしいが、見ることが出来るか? 渓谷を舞うコンドル達。
朝のうちがいいらしく、展望台にはスズナリの人人。。


   あ、いた。

        
      飛んでる。。。        音もたてず悠々と。。。



コンドルの美しさは サイズも立派だが、羽ばたきする事なく舞う美しさにあると思う。


      

一羽だけだったが 姿を見ることが出来た。






バスはさらに渓谷の奥のちっぽけな村へ。
ここが我々の目的地。

カバナコンデ Cabanaconde 村で下ろしてもらった。



 窓からの景色(拡大クリック可能)
 ブリキ屋根の掘ったて小屋ばかり。



  山小屋に毛が生えた程度の簡素な宿は連日の雨で湿って寒かった。
    隣の庭には子豚と足を怪我した黒い子ヤギ、白山羊二頭。
      早朝から雄鶏がしつこく朝を告げてくれる。




早速、翌朝走りに出る。村を出て振り返ると霧が村を飲み込み始めていた。
       


コンドルの展望台から村まで16キロメートル。
ほぼダウンヒルを駆け下りてきたが、途中で霧に覆われて何も見えなくなってしまった。

霧の中から馬や牛やロバが走り出てくるのを追いながら避けながら 村へ走って戻った。





根くらべ コンクラーべ

  • 2013/02/26(火) 10:23:46

アレキパで を探していた。


小パックにつけていたダイアル番号合わせタイプでTSA(アメリカ運輸保安局)認定の高級品だったのにワイヤーがプチンと切れた。

           安宿・安旅に鍵は必須である。

で、相当数の店を当たってみたが欲しい鍵は見つからなかった。

そもそもダイアル番号合わせ式の鍵がない。
スペイン語で何と言うのかも分からなかったが、鍵屋で鍵を指差し「番号のヤツ」と手振りで説明したら直ぐわかってくれた。
牛美はいつもジェスチャーである。これが自分で言うのも何だが 的を得ていてまず100%解ってもらえる。ジェスチャーゲーム大会に出場したらば、高得点を獲得出来ると思う。。。


   話を戻そう。

この番号合わせ鍵をスペイン語(と言うか、ラテン語)で何と言うかだが、「コンクラーべ」なんだそうだ。面白くない? 番号合わせの「根くらべ」。


そういえば 「ダビンチコード」にも出てきたな、コンクラーべ。
確かローマ法王を決める教皇選挙だったか何かで、長引くと三日もシスティナ礼拝堂に籠もる、これもかなりの根くらべ大会の意味合いがあった気がする。


正にそのコンクラーべが開催されんとしているわけだな、バティカンでは。



教会つながりでもうひと話題。

アレキパには素晴らしい修道院があるので見学に行った。

      

長い歴史のある由緒正しき修道院。

現在でも30名ほどがひっそりとここで暮らし、祈りを捧げているという。

     

美しい回廊がいくつもあり中庭、菜園、墓地、台所、かつて歴代の修道女達が暮らしていた部屋も公開されている。

          写真上の中央は 洗濯場     右は 質素な部屋。

    ベッドと祈りを捧げるスペース。身の回りのものを保管する箱一個と椅子。
我々は 物に囲まれて、物に埋もれて日々の暮らしをおくっているが、本当に必要なものはほんのわずかなのではないか。。。… と そんな事を思わせてくれた。

さようなら 素晴らしきボリビア

  • 2013/02/25(月) 04:46:18

2月25日。


コパカバーナを朝9時のバスで出発。楽しかった ボリビアに別れを告げる日。

2キロ先はペルーの国境。

バスに大きな荷物を残し 徒歩で国境を越える。
まずはボリビア側で出国スタンプを貰い、400メートル先のペルーの入国管理窓口で何ひとつ質問されず、荷物のチェックもなくスタンプを貰って完了なり。簡単。。。ペルーに入国して時計を1時間戻す。

バスに戻り PUNO プーノまで 約3時間弱。
PUNO プーノの町はバスの車窓から見た限りでは良い印象はなかった。
バスターミナルでバスを乗換えて その足でペルー第二の都市 Arequipa アレキパへ向かった。

道中の景色は広い大地と緑豊富で綺麗だったが アレキパに近づくにつれ霧が張り出し視界ゼロに。バスは大幅にスピードを落とし アレキパ到着は夜になってしまった。
車内で一緒だった英国人とドイツ人男性とタクシーを割り勘して町の中心地へスムーズに移動し予約してあった宿へ。

久しぶりにバスに10時間も乗ったら 疲れた。。。



AREQUIPA アレキパの町はクスコによく似ていた。

南米の町は何処もそうだが 立派な教会の隣に中央広場があり、それを中心に町が広がっている。
第二の都市 と聞くと ビルが連立する大都会かと想像していたが、スペイン風の古い建物がとてもチャーミングな美しい町である。
一目で気に入った。居心地も良い。中央広場の周りは治安も良く夜のそぞろ歩きも楽しい。

三つの火山が町のすぐ隣にそびえていて 壮観。ひとつは富士山に似ている。見事な景色。いい意味で期待を裏切ってくれた町。

宿も快適、ネットも快適、長居したくなる町だ。

Copacabana で走る

  • 2013/02/23(土) 13:41:19



  コパカバーナの小高い山の上には
     かなり大きな十字架が建っている。




下の写真はその展望台から町の南側を見下ろした景色。

初日はここをずっとずっと突端方面へ向けてスロージョグ。のどかだ…
標高は3840メートル。相変わらず富士山より高い。


        



チチカカ湖は鱒(トルーチャ)でも有名。

町のレストランは軒並み 鱒料理を提供とあって 我々も久しぶりに魚にありつく事が出来た。ほぼ毎食 鱒。

料理方法は揚物かフライパンで焼くしかなかったが、焼いた物にレモンをかけて食べるのが最もシンプル。腹にほうれん草とニンニクを詰めて焼いたのも鱒の泥臭さが隠されて美味しかった。湖で養殖しているんだろうな、きっと。

消化具合がチョット心配だったが、鱒料理は問題なく、かえってピザを食べた翌日の方が不調であった。



チチカカ湖に浮かぶ「太陽の島」へ走りに行った。

スローボートで2時間もかかる。
すぐそこに見えているのに。。。
北側の港から 眺めの良いトレイルを南側の港へ向け走る。
(トレイルによって差があるが直線コースならば8キロ程度)




     

太陽をいっぱいに浴びて とびっきりの晴天。太陽の島というだけある。サンサンと降り注ぐ陽の音が聞こえてきそうなほど。


      



インカ文明がここで生まれ 広がって行った、歴史的にも重要な遺跡が残されているらしいが、我々は資料館は素通りし、帰りの船の時間に間に合うよう さっさと走り出した。


      


途中の村落で通行料を取られるのには面食らったが。。
各村落でちょっとずつ徴収されるなんて知らんがな。


      

というわけで関所を避けたコースを取った。

途中で脇道へもそれ、総走行距離は14キロメートル。
地元の人達とも交流して、実に気持ちの良い楽しいトレイルだった。



      


     のどかで平和で静かで優しく美しい島。  Isla del Sol



Copacabana

  • 2013/02/22(金) 09:31:40

チチカカ湖に面する町、コパカバーナ。


チチカカ湖を見るならペルー側のプーノ(PUNO)よりもボリビア側のコパカバーナがお勧めである。
青さが違う。夕陽が美しい。町が綺麗だ。断然コパカバーナ。

ラパスからバス。ボリビアで初バスである。が、普通に舗装路で何の心配もなく約3時間で到着した。

途中 短い海峡を渡る。
乗客はフェリー、バスはバス専用渡しで。





コパカバーナは小さな町。町の中心は観光客ばかりである。治安良く安全。何の心配もいらない。

      



          ここで四日間、せっせと走るのである。



La Paz から Copacabana

  • 2013/02/21(木) 02:03:38

ラパスが気に入り7泊を8泊に延長。

Air BnBの家主ファリニャとその母マリアはとても親切で、昼食に招いてくれたりマーケットへ連れて行ってくれたりだ。
木曜と日曜に空港付近で開催される青空マーケットは広さで言えば世界最大の規模だそうだ。
ゴミのような物から中古、新品、生き物(鳥や牛や馬等)、バスまで、無い物はない勢いで何でも売っている。スリが多いから手ぶらで行け、腕時計も外せと指示され用心して行ったが、何の問題もなく、以前訪れた他国のマーケットより安全であった。

息子さんが日本人と結婚式をあげお嫁さん共々日本から戻ってくるとあって、迎える準備で忙しそうだが、日本語を話す父上も皆、家族揃って親日家。
ボリビアには親日家が多い。顔も似ているような気がする。ますます親近感が湧く。



ボリビアのビザは30日間。切れる前にペルーへ向け移動するのだが、チチカカ湖を通って行くのだ。

というわけで、次なる目的地はコパカバーナ

コパカバーナと聞いてブラジルを思い浮かべる人は(自分も含めて)勉強が足らんのである。

コパカバーナの地名のオリジナルはここボリビアなのである。
チチカカ湖に面し、山に囲まれ大変美しい町だ。

コパカバーナとはボリビアのアイマラ語で「宝石の展望台、湖の眺め」の意味。
インカ文明発祥の地:太陽の島のあるチチカカ湖である。

標高3800メートル。ラパスより少し低い。
湖畔でトレーニングに励む予定である。


La Paz 死の道を走る

  • 2013/02/19(火) 23:41:03

ラパスには "death road"(直訳すると死の道)と呼ばれる山路がある。

雨季にはぬかるんだ道が崩れて 車が谷へ落ちたり、怖いもの知らずのバイカーやチャリダーがブレーキをかける事なくカーブを曲がりきれずに谷底へ落ちたりと、死亡事故が跡を絶たないことで有名だ。

ここをマウンテンバイクで駆け下りるツアーは観光客に人気である。
流石のボリビア政府も事故防止の為に、最近は車を制限し、バイク用に時間を分けたり、別に路を作ったりして、以前よりは安全のようだ。要は、スピードを出さなければ危険はないのであるが。。。


ここを奴豚が走りに行った。バイクではなくランニングである。
ハッシュランで知り合った現地在住ランナーと三人で夜明け前に出て行った。
車で2時間程行った山の上から 死の道はスタートする。




山の上は雪が残るところあり。




      

          山の中腹に刻まれた路。

        

本来のDeath Road は上部の舗装路を含め60キロメートル程度だが、奴豚達三人は舗装路はさけて、未舗装路が始まる地点から約37キロメートルのダウンヒルを駆け下りる。

      






ここで亡くなった人達の墓もある。








      

雨季で滝の水は豊富だ。
いたるところに滝。いいお湿りをいくつもいくつも越えて行く。


何故 牛美は行かなかったか。。。?

ダウンヒルコースと聞いて行きたくないはずはなかった。
が、せっかく男性三人でさっそうと駆け抜ける邪魔になるような気がして遠慮した。標高の高い37キロをきっちり走れる自信がなかった。残念。自分の力に不安があるのだから仕方ない。ぐっと我慢の一日だった。トレーニングを積むしかこの悔しさを晴らす方法はない。

La Paz HHHH

  • 2013/02/16(土) 12:14:21

ラパスへ来た一番の理由はハッシュランである。


世界で一番標高の高い首都ラパスのハッシュは HHHH(Hが4つ)と呼ばれている。

通常は HHH(或はH3): Hash House Harriers の頭文字を取ったものである。

ラパスは HHHH : Highest Hash House Harriers で Hが4つなのである。

隔週開催のハッシュに合わせてラパスに来たのだ。


実は 3月10日に第一回ラパスマラソンが開催されることになった。
世界一標高の高い首都での栄えある第一回シティーマラソンである。
  走りたくないわけがない。。。  が、 知った時期が遅過ぎた。
3月11日ペルーのリマ発の航空券を購入済みで変更不可。
ラン航空に聞いてみたが、出発地及び出発日の変更は不可のチケットである。残念だが出走は諦めた。

  因に 興味のある方に:参加無料で 今からでも参加可能である。
スタートから13キロメートルは上り、その後は下りのコースだそうだ。高所で心臓破りの坂を経験したい方にはもってこいのレースである。詳細はこちらから
どうぞ




さて、我々はハッシュラン。

ラパスの宿はAir B&B。広々した寝室が3つもあるアパートで快適だ。宿主の娘さんがハッシャーだと言う。なので一緒に出掛けた。

土曜の午後 待ち合わせ場所で待つ事20分。ボリビア人はのんびりである。
ゾナスール(南側にある町)から車でさらに“月の谷”方面へ上がって行った所がスタートであった。
   
約20名程、男性は若手ランナーが多く、ついて行こうと頑張ってはみたが。。。離されはしたが女子ではトップ。

約7キロのコースは 多彩な路面に面白いアップダウン。月の谷の横を抜けて とても楽しいコース取りだった。

      

      

      

      



     メンバーのハッシュ名 命名式もあって。。。

        


         会合の後は バーベキュー。

     


  ラパスは治安も良く、暗くなってもさほど心配せず 無事帰宅なり。

ラパスには親日家が多く、日本語を話す人が数名。日本の文化にもとても興味を持ってくれている。ラパス郊外には日本人のコミュニティーがあるそうだ。知らなかった。


La Paz

  • 2013/02/14(木) 08:25:40


      ラパス La Paz、 Oh、La Paz  ラパス !!!

ラパス。 他と比較のしようがないラパスの街並。 なんて心揺さぶる 光景だろう。

何の情報もなく 軽い気持ちで来たみたところ、空港から町へ向かう景色の例えようの無い衝撃。





     すり鉢状。

   すり鉢の縁の上まで家々が連なっている。




      中心地はすり鉢の中心部。

      最も低い部分には高層ビル。








   眺めていても見飽きる事がない。
     レンガ色の家々が綺麗だ。
  宣伝や看板がないせいでもある。


ラパスへ飛べるか???

  • 2013/02/13(水) 08:58:47

スクレでは観光らしい事はなにもせず。
元々カーニバルで皆閉まっていた。空いているのは宿屋とスーパー(時間短縮)と観光客目当てのカフェが数軒。

水かけ合戦に疲れると 外国人旅行者はほぼ同じカフェに集う。馴染みの顔がちらほら、皆、びしょ濡れでビールを飲んでいる。
ビールはフアリHuariブランドが味わいがあって旨い。ポトシナブランドは薄過ぎだな。

ボリビア産ワインもなかなか捨てたものじゃない。トゥピザでも連日ワイン屋に通った。1本 300円から500円、とても美味しい。



四日間のスクレカーニバルも終了し、水曜の朝 道は綺麗に掃除され 何事もなかったかのように皆乗合バスで仕事へと向かう。
カーニバル中ウィンドーガラスが割られないように貼り付けてあった囲いや覆いのベニヤ板を外し店を開ける人々。静かだ。祭りによって憑き物が落ちた感じ。
どの国民も、祭りで羽目を外し日常を離れ 色んなものを発散したり流したりするんだなぁと町の様子を見ながら、我々は空港へと向かった。


カーニバル前日に町の旅行社で、スクレからラパスへのアマゾネスエアー便の席を購入しておいた。
チェックインカウンターで荷物を預ける。他の客が次々搭乗口へ向かう間、我々はやけに待たされていた。

     「???」 が  『嫌な予感』  へと変わった頃に、、、

案の定 予約が確認出来ない と言う。 おまけに満席で今日は搭乗不可能、明日も満席って どうゆうことよ?!!!  まてよ、怒る前に冷静に話し合おうじゃないか。

発券した旅行社に連絡取ってもらう。ともかくスペイン語でまくしたてられても我等には解らん。誤解かもしれぬ。旅行社と空港マネージャーが電話口で激しく言い合いしている。互いに自社には非がないことを主張しているようだ。
  アマゾネスエアーの言い分はこうだ。「コンピューター上で予約が確認できないのでチケットを持っていても既に満席の便に乗せることは不可能」
  こちらの主張は「アマゾネスエアーの予約サイトで購入し、支払いも済んでおりリコンファームも済んでいるのに予約がないというのは御宅のシステムミスだ」

       どうやら我々だけではなく 他にも二人待たされていた。

        飛行機は準備が整い 我々以外の乗客はすでに搭乗。

その時 チケットを購入した旅行社の担当者がカウンターに来てくれた。その手には 搭乗券が握られていた。ラパス本社に電話で掛け合ったのだそうだ。飛行機には空席がある。何らかの理由で乗客数を制限しているらしい。我々を乗せるか否かは機長の判断に委ねられたそうだ。本社からは乗せるよう指示が出ているようである。

かなーり待たされてからOKが出て機上の人達になる。
機内には空席が目立った。気圧のせいで重量に制限があるのだろう?
最悪の場合、14時間かけてバスでラパス行きを覚悟していたが、飛行機はたったの40分で世界で一番高度の高い(国際空港)ラパス空港へ着陸した。




 注)ラパス空港:世界最高標高の国際空港。標高4,000メートルを越す位置にあり、酸素濃度が薄くエンジンの燃焼効率、翼の揚力発生能力が低下するため、大型機でも離陸時に充分な加速が得られ、着陸時も安全な速度が維持できるようボリビア国内で唯一4,000メートルの滑走路を有している。
(wikipediaから抜粋)



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