奴豚 牛美の長期滞在型ジプシー生活

2007年からマラソン始めた夫「奴豚」と 妻「牛美」。テーマ:マラソンに出場しながら旅してます

ウユニからトゥピザへの道

  • 2013/01/31(木) 23:59:07

     身も縮む 寿命も縮む UYUNI - TUPIZA Road

ウユニ塩湖で素晴らしいひとときを過ごし 写真も何百枚も撮り気がすんで 昼食を取りにウユニの町へ引き返した。

ウユニの町というのは残念ながら長期滞在したくなるような場所ではない。ウユニ塩湖観光の為に十分な施設が整っているというだけで それ以外何の用事も見るところもない。


 ので、ツアーの〆の昼食を採ったら 早速次の町へ移動することにした。
丁度 四駆車でその町へ向かうというグループが二席空いたから同乗してよいと言ってくれたので、急いで昼食を済ませ、ツアーメンバーに手短かに別れを告げ そそくさと急いで待ち合わせ場所へ向かったのだが。。。  

    言われた場所には もうすでに彼等の姿はなかった。。。


  。。。脱力。。。 

せっかくいい話だと思って乗ったのに。。。なんだよ。
先に行ってしまったらしい。いい加減。  それとも我々が遅かったのか? 

どちらにせよ、乗り合い四駆車を探さねばならぬ。
奴豚が頑張って交渉し なんとか2時間後に出発する一台を確保。

15時半に英国人女性二人をピックアップして出発するというので気長に待った。
次の町TUPIZA(トゥピザ)へは 四駆車で6時間、夜行バスだと8時間と言われている。むろん四駆車はバスより高いが夜を待たずに出発出来るし速い。


15時半 ウユニツアーから戻った英国人の若い女性二人を迎えに行き 運転手フランクリンと我々4人でトゥピザへ向け出発した。


     トゥピザまで207キロメートル。

     5時間程度で着くかな? と 思った我々4人は 甘かった。。。



      

美しい景色を四駆車は進む。
運転手フランクリンは29歳。英国女性は二人とも30歳。
互いに自己紹介して 片言のスペイン語で会話も弾む。
英国人のうち一人がスペイン語を話すので通訳してもらい 和気あいあいであった。


土の路面は雨で削られている。ガタゴト道を最初は快調に飛ばしていた。英国人の二人も仮眠して、我々がフランクリンが居眠りしないよう見張っていた。

運転手フランクリンが軽食休憩。と、どうも食事と共にビールを飲んでいるようではないか。。。 いやな予感。

     その後の道中は4人で彼をキビシく見張ろうと決めた。


スペイン語の出来る一人が助手席に座り、絶えず運転手フランクリンに話しかける。我々も後ろからラジオに合わせて歌ったり手拍子したり、景色の話や音楽、趣味、家族の話、思いつく限りの話題を持ち出して頑張っていた。




だんだんと景色が変わってきたのはその頃。...

高い高い山の中、道は細くなり まわりはどこも断崖絶壁である。

ドア1枚隔てて 窓から下には何もない。。。

怖くて覗き込むことはおろか、首を1ミリだって動かすことすら出来ない。ほんの少し動いただけで重心が傾いて谷底に落ちるんじゃなかろうかと思うと 身体を固くし 何かを必死につかんでいないと生きた心地がしなかった。手のひらは汗でぐっしょり。

絶景だが 写真を撮るという余裕などなかった。

いくつもの山を上り下り。上りも下りも同じように怖い。
     対向車が来たらどうすんだ? 

フランクリンが運転中、度々谷を覗き込んでいる。
谷底に車が落ちているのが見えるんだそうだ。

     そんなもん、怖くて覗けないぞ!


やれ 下ってきたぞ 川だと思うと、フランクリン自ら車を止めて 川の水で顔を洗っている。流石に往復は疲れるらしい。朝、既に逆のトゥピザーウユニ間を走っているのだ。彼だって事故る訳にはいかない。我々が話しかけているのが嬉しいらしく機嫌は良い。

日が暮れてきた。「大丈夫か?眠くないか?」と問うと「大丈夫」という。夜9時前には着けるだろうと言う。

また険しい山に入った。夕焼けの中 どんどん暗くなる山道。
断崖絶壁が見えなくなると こちらの肝も座ってきた。
『死ぬときゃ死ぬんだ。いや、ここではまだ死にたくない。。』
どうか頼むからトゥピザまで無事連れて行ってくれよ〜。

対向車が来た。こんな漆黒の夜に大型バスだ。ひえぇ〜。ボリビアでは決してバスには乗らぬと四人で硬く誓った。どうやってあの崩れ落ちた断崖絶壁を回って行くんだ? 対向車とどうやってすれ違うのだ? 何台もくるぞ。すれ違い場所を探して何度もバックするフランクリン。バックも怖いよ。。


もうフランクリンに語る話題が尽きてしまった。
元気だった英国人二人も恐怖で疲れ切ってしまい無言で前を見据えている。
奴豚が助手席を交代し、時々フランクリンを突つく事にした。「起きてる?寝るなよ」と突くと「大丈夫」と答える。


Tupizaまで20キロメートル。やっと道幅が広くなり家の灯りがチラチラと見えはじめた。掌の冷汗をズボンになすりつける。

無事、Tupizaに到着。フランクリンに抱きついて感謝したい気持ちもあったがやめておいた。
約束の1人80ボリビアーノ(約千円)を支払い、もちろんビールで無事を祝った四人であった。


後日思い返せば素晴らしい経験であった。が、二度と御免だな。

UYUNI

  • 2013/01/31(木) 09:35:24

ウユニ塩湖


5時。ドライバーのアブラモが焦れながら「バモス(さぁ出発しよう)」と言う。当然こちらだって 出発したい、が、案の定 ブラジル勢が来ない。また遅刻かい。今までは待ってやったが今朝は違う。待ったなし!と思うが、今日が誕生日のブラジル人 ロドリゴを置いて行くのもチョットやり過ぎかな?と思い 呼びに行き急がせ 何とか10分遅れで出発とあいなる。

いくら穏やかな性格の牛美とは言え、この時ばかりは 嫌味の一言。

     「私達は貴方達を待ってあげられるけど、朝日は待ってくれない!」

心で思う。『今日の朝日は特別なんだから。あんた達には 普通の朝日かもしれないけど。』



既に他の四駆車はずっとずっと前方を走っているようで、遠くに点々とライトが見える。遅れを取り戻そうとアブラモは頑張って走ってくれるが、なんせデコボコ道では飛ばす事は無理だ。


東の空が明るみを帯びていく。
ウユニ塩湖の水が溜まっている場所まで、朝日が登る前に着けるだろうか。

       頼む、何とか、あと少し、頑張れアブラモ。。。



ウユニ塩湖の入口。
   とうとう来たぞ、鏡張りの湖が待っていてくれるだろか。



東の空は赤く白く染まっていく。強い光が雲を押しのけるように真っ直ぐ上に向かって伸びていく。
     やった、間に合った、塩湖の夜明けだ。




涙が出てきた。とうとう来たな、こんな遠くまで、よく来たものだ、と思うと泣けてきた。



アブラモに「外に出たいんだけど、いい?」と聞くと、「いいけど水が冷たいよ」。構わない、そのつもりで素足にサンダル履きでスタンばっていたのだ。

10センチ程も水が溜まっているか。ジャブジャブと塩水をはね上げながら湖面を歩く。



なんて美しい景色だろう。
嬉しくて黙ってしまう。皆 黙って朝日を見つめる。






寒いからと裸足になるのを躊躇う他のメンバーは車の上の荷台に登って朝日を見ていた。













フラミンゴが列になって飛んでいく姿が 美しすぎる。
音のない、風のない、境のない 広い広い景色の中で朝日を浴びていた。
          (クリック拡大で見て下さい)

      






アブラモが「そろそろ移動して 塩のホテル(兼美術館)で朝食にしよう」と言い ゆっくりそろそろと移動。湖面を車で走るのは大海原を渡る船とも違う感覚で実に不思議である。


現実とは思えない この世の物とは思えない 世界だった。

宇宙船かと錯覚する 塩のホテルの外観。(脇には車)




       これ以上願い様もないほど 完璧な日であった。


無風で正に鏡張りであった。

これ程までに美しい景色の中に溶け込んでいられる自分はなんと幸せなのだろう。

こんな景色、後にも先にもここ以外では見る事が出来ない。


   

     という訳で 鏡ばりを遊ぶ。   
     あっち向いたりこっち向いたり
     
     


                雲も綺麗だ。

        

        バスが普通に走っているのが たまらなくシュール。

        

           ウユニお決まりの鏡ばり撮影会開始。

        

          近くにいた日本勢に混ぜてもらって嬉しい奴豚。

          



   極めつけはこのポーズ。

      湖面に写った UYUNI の人文字。







          ウユニの雨期、、、言葉にならない。




ラグナ・コロラド

  • 2013/01/30(水) 02:19:41

我々の四駆車ドライバーは落ち着いた中年男だった。
名前はアブラモ。無口でボソボソと説明をしてくれる。むろんスペイン語で。



このツアーの良し悪しは 要は会社ではなく、各ドライバー個人によりいかようにも変わってしまうのである。
いいドライバーに巡り合わせればツアーはいいものになる。もちろん逆もあり得る。
アル中だけには遭遇したくない。



同乗者は我々を含み6名。スイス人とドイツ人のカップル。ブラジル人の若者二人。車内はスペイン語、ドイツ語、ポルトガル語、英語と日本語であった。ツアー中、必要な事はスペイン語に堪能な者が通訳してくれ不便は感じなかった。




初日はどんどん高度が上がる。コカの葉を噛み噛み、大量の水を飲み飲みと、高山病にかからないよう注意する。

白い湖、緑の湖、赤い湖、どれも塩分を含んだ沢山の湖を巡る。


      

      






    ボリビアはフラミンゴの宝庫である。





活火山の多いこの辺りは温泉もあるんだ。
すごい勢いで湯煙を吹き上げるさま。覗き込むとボコボコ言っていて怖い。


      


ひとっ風呂浴びて行く事に。今宵はシャワーなしだそうだからね。

       



第一夜目、宿泊は水も電気も無い山小屋に全員が同室と聞いていたが、到着してみると水も電気もあり、部屋にはベッドが7つ、夜間は零下になると言われていたが、毛布も沢山あり寒くはなかった。

      


このツアーで一番の高度5千メートルにあるコロラド湖畔。赤い色をした湖には赤いフラミンゴが沢山いる。
ご存知かと思うがフラミンゴがピンク色をしているのは赤い藻を食べるからである。

      


遅い昼食を4時に取り、5時にはお茶と菓子が出され、湖畔を散歩。強風で寒ーー!


      



暮れ行くピンクの空を見ながら夕飯を待つ。8時過ぎに夕飯。食事は簡素だが場所と状況を考慮すれば “充分すぎてありがたい” 程であった。他のツアーメンバーは文句を言っていたが、我々は予習していたのでそれ以上の期待もせず、感謝していただいた。

夕食を済ますともうする事はない。ツアーメンバーと歓談し打ち解けた所で早々とベッドに潜り込んだ。
高山病予防の薬を飲んで寝たら 嘘のようにぐっすり熟睡してしまった。




二日目。6時朝食と言われていたので5時45分起床。

服着たまま寝たので ささっと準備してまだ暗い戸外に出てみると、どうもオカシイ。。。食堂もどこも真っ暗。誰もいない。。
??? と思って食堂のある棟に近づくとドライバーが2人ヒソヒソと立話中。もしやと思い聞いてみた。「今、何時?」 クールに2人が答える「4時50分」 あぁそう、やはり時差があったのか。昨夜のうちに教えてくれよな、と思いながら 外で用を足して部屋に戻り 他のメンバーに伝える。皆 速攻でベッドに潜り込んだのだった。



さて、冷たいパンケーキにジャムの朝食を済ませ すぐに出発。
他のツアーが到着する前に絶景を見せてくれようという運転手アブラモの配慮であった。
誰もいない 四駆の砂煙もない 静けさの中の奇岩の景観を楽しみ散歩する。
30分もすると、次々と四駆車が集まり始め ガヤガヤと観光地化してしまった。

       「アブラモ 素敵なひと時をありがとう。」

        



さて、次へ次へとスケジュールをこなし 湖をめぐり 変わった景色を眺め、リャマやチンチラも見、どこへ向かっているのか 土地勘のない人にはわからない 道なき道(実際はそこが道なのだろうが。。。)を進み、川を渡り丘を超え ウユニの町を目指した。



       



故障車がいると皆が助け合う。明日は我が身かもしれぬ。

タイヤが外れた車を皆で修理。各車それぞれがボルトをひとつずつ提供し、ツアー再開。
故障は日常茶飯事。そんな時は散歩したり用を足しに行ったり、気長に待つべし。




ウユニの町の外れには、鉄道車両の墓場がある。

      





もう何処へも行けなくなった車両達。
遊び場にもなっているようだ。





近隣の村の古い教会を訪ねてみる。




今、ボリビアは雨期で塩湖に水が溜まるのを待っていたのだが、逆に降り過ぎで洪水状態。ボリビア政府は安全対策としてウユニ塩湖へのアクセスをウユニ町側からの一箇所に制限したので、ツアーの中身も従来とは違って 二日目にして既にウユニの町へ行く事に変更されていた。
ウユニ塩湖内にある「魚の島」と呼ばれる場所へは立入禁止だった。
いいんだ、ウユニ塩湖の鏡張りさえ見られれば、それ以外の望みはない。

完璧な鏡張りの景観を見るためには ある一定の条件が揃わねば無理である。
雨水が溜まっている事は論外としても、天気が良い事、無風である事と雲が多すぎない事が重要なファクターになる。風が吹いて湖面が波立つと鏡にはならない。。。

取り敢えずチャンスは一度。明日の天気は如何に。。。
自分の強運に かなりの自信を持って 守護霊にお願いをして 明日に備えて寝る事にした。


明朝の出発は5時である。
ブラジル人が必ず集合時間に遅刻するので 一言 キツく刺しておいた。

「1分でも遅刻したら置いて行く」と。




アタカマからウユニへ

  • 2013/01/29(火) 08:35:33



当初、アタカマには三泊程でいいかと思っていたのだが、砂漠や山や湖やら 息を呑む程美しい夕焼とかを見ているうちに、結局六泊してしまった。

アタカマ砂漠を抜けてボリビアへ入国しウユニ塩湖へ向かう3日間の四駆車ツアーの日程も、無理言って二回も延期してもらった。(ボリビア人、結構融通効くね、ありがとう。)


アタカマ砂漠も素晴らしかったが、この先に是非見たい所があるのだ!

それは ウユニ塩湖 : 雨期に入って雨水が溜まるまで、わざわざ日程待ちして、この時に調整してきたのである。


ウユニ。 最近ユニクロの宣伝で紹介されているらしい。(日本にいないからわからんが。。。)
地平線と空がくっついて境がなくなり、世界がまん丸になる場所。どこからが空でどこからが塩湖か解らなくなるのである。全ては鏡張り。全てが湖面に映り込んで まるで宇宙に浮遊しているような錯覚を起こす、この世とは思えない あり得ない程美しい光景なのである。

それを見たくてボリビアへのツアーに参加した。ツアー会社選びも慎重。
塩湖で朝日が見られるか?否か? 運転手や四駆車の状態、食事や宿、何がツアーに含まれているのか、色々調査して、エストレラ・デル・スール(Estrela del Sul) という会社に決めた。
。。。矢先に、まさにその会社のツアーで運転手が飲酒運転、ヘロヘロで危険な運転をしたという情報が耳にはいる。よくある事らしい。運転手が二日目くらいから夜な夜なドライバー仲間と酒盛りをする話は聞いていたが、実際目の当たりにし、その会社のツアーに申し込んだとなると話は違ってくる。

事務所に出向いてプレッシャーをかける。のらりくらりと応対するボリビアン。
朝日も、ベストドライバーも確約はしてくれたが、口約束はあてにならない。実際、ツアーは始まってみなければわからない。あとは同乗者達と相談して、運転手が居眠りしないか、飲酒運転しないか、皆で常時確かめるしかない、と かなりの覚悟で出発の朝を迎えた。




1月29日
いざボリビア国境へ。

… と、その前にチリを出国せねばならぬ。出国スタンプを貰うのに長蛇の列。1時間並ぶ。


さて、やっと国境を目指すなり。トイレか?と思うような簡易建物内部で、「日本人? ふうん。何日滞在したいの? 30日? 何故?」と軽く質問にスペイン語で答えて入国完了。


周りは山。チリ側からの四駆車ツアー陣と ボリビア側からの四駆車ツアーの交差点。
グリンゴトレイル=つまりは外国人観光客のゴールデンルートだ。

これからいくつもの湖をめぐり、5千メートルの山を越えて、二日かけてウユニを目指すのである。



昼近くになって朝食。

チリ側のバスドライバーがささっと準備をしてくれ、車の横で軽食。

ここでボリビア側からの四駆車に乗換える。
ボリビアの観光はボリビア人ドライバー・ガイドに限定されているのだ。


atacama 月の渓谷

  • 2013/01/25(金) 22:54:17

"月の谷" を目指して



 今日もにわかチャリダーは 朝も早よから
   フットワーク軽く 。。

        出発進行ー!





目指す先は「ヴァレー・デ・ラ・ルナ」(訳するに 月の渓谷 )

月面はこんな風じゃないか?という 月に行ったことのない我々が思い浮かべる世界である。



      

塩の大地は白く乾き、ミネラルを多く含みクオーツ石などはむき出しである。
岩と言うよりも石と砂の大地を風が刻んで作った地形。ゴツゴツよりむしろギザギザで不用意に触ると鋭利なエッヂで怪我をしそうだ。(実際切ったのだが。。)




細かい砂、透き通った水晶、表面はキラキラ日に反射する。






     まさに月面 の イメージ。







スケールの大きな景色の中をさらに進む。
広大な公園である、が、アタカマ砂漠のなかにあっては ほんの点ほどの大きさだ。




空も雲も 綺麗だ。

飛行機がまっすぐな線を引いて飛んで行く。
空からはどんな風に見えるのだろうか。



スリーマリーと名付けられた岩。何万年も前からここに立っている。
風に少しずつ削られて行くのだろう。






日陰を求めて岩の影に座る。シーンとした景色のなかに ピキッ! ビシッ! と 渇いた音がする。
誰かいるのかとあたりを見回す。
石と泥と塩で出来た その岩の表面から聞こえる。
少しずつ剥がれているのである。

崩れないかとヒヤヒヤしながら、しばしランチ休憩。






     ここから天然塩を採取している。        水晶と思われる表面(写真右)
     



  開園は9時半だが、チャリの我々を8時半に入園させてくれた。

誰もいない月の渓谷は、自分を なんてちっぽけな存在に思わせてくれたことか。。。

圧倒的な大地の中に ポツネンと 存在している我々人間は、小さく、その生涯は短かい。


      


何百年も雨一滴降らない場所もあるのだそうだ。

NASAが火星探索ロボットの試験をしたこともあると言う。




  塩の川、蛇行する河の跡、
     大地に刻まれた 壮大な景色。

       ここに来ると無口になる。




   圧倒的な規模の 大砂丘。
       砂の海、砂の波、
         広すぎて、例えようが無い。

  (クリックで拡大すると左上に車が小さく見える)





結局、丸一日をここで過ごしたが、すれ違う人はほとんどいなかった。
団体ツアーは夕方なのである。
車でさぁ〜っと巡ってしまっては、ここの素晴らしさは半減するだろう。


是非、自転車でゆっくり巡って欲しい 素晴らしい渓谷である。

暁のチャリダー

  • 2013/01/24(木) 02:23:30

 アタカマはこんなトコ

東は雪をかぶった5千メートル級の山々。活火山からは煙がのぼる。あれを越えると向こう側はボリビアだ。
西は 月面てこんな感じか?という 砂漠と岩山が果てなく続く。塩を豊富に含んだ白っぽい大地と濃い茶色の砂丘、ピンクがかった山並み。ほんの少しの緑があちらこちらに。

強烈に渇いて 朝晩は寒く日中の紫外線は強力、まさに砂漠の気候。
世界の砂漠の中でも最も乾燥しているそうだ。
鼻の中がカラカラに乾いて痛いほど。



マウンテンバイクを借りて 夜明けに塩のラグーン(湖)目指して 走り出す。

  東の山の上に 光が…。 … … … 。         パッカーンと朝日の登場。
      



暁のライダーは一路 湖を目指して 真っ平らなアスファルトをまっしぐらに進む。
朝の冷気が気持ち良い。寒くて指がかじかむ。

      



   岐路、ここから砂利道。

      お尻痛い。。。。




     22キロ先のラグーンまで1時間半。一番乗りで誰もいない静かな塩湖。

        


湖は三箇所あり、一箇所だけ入水が許可されている。他はフラミンゴ達用。



  まだ寒いんだけど。。。

   ソロリソロリと入ってみると、、、

     強い塩気で身体が浮く。 死海と同じ。





プカプカと浮きなしに漂う浮遊感。

泳ごうとしても足が水面から上に持ち上がってしまい泳げません。







塩ラグーンで浮遊感を堪能し塩で真っ白になった肌を水で落とし、すっかり冷えて、にわかチャリダーは 今度は山へ向かう。

      


     ひと山登って トンネル通って、
        




  チャリダー達の前には 

   更なる山と砂漠が広がっていた。。



san pedro de atacama サンペドロ・デ・アタカマ

  • 2013/01/23(水) 22:52:08

アタカマ砂漠へ


1月22日 カルデラ 22時20分 発 の バスに乗った。

サンペドロ デ アタカマ、日本人には通称 ”アタカマ” 、 その名の通り アタカマ砂漠のど真ん中の町へ向かうのである。

所要時間9時間の夜行バス。満席だった。
我々は カマエクゼクティブ(やや寝台)席で ゆったり休む事が出来た。
(やや寝台)と書いたのは、セミカマ席の通常のリクライニングと比べると150度リクライニングするので、寝台とは呼べないが ゆったりだからである。


翌朝 9時、ローカルは ”サンペドロ”と呼ぶ サンペドロ・デ・アタカマへ着いた。
バス停から予約しておいた宿までは1ブロックですぐ。町の中心から2ブロックと絶好の立地。
フランス人の間で絶大な人気を誇るホステルローズ・デ・アタカマ
本当にフランス人しかいない。。。ホステル内の公用語はフランス語、いきなりフランスに戻った気分。まぁもともとスペイン語もフランス語も牛美にとっちゃ 似たようなもんだ。もちろん英語も通じる。

このホステル、立地よし 値段よし 部屋も共有スペースも清潔 おまけに羽根布団。
シャワーの時間は朝晩2回に限定、朝食は付かないがキッチンで自炊可能。物干し場もあり、中庭も広く 家具類は古いが、我々には申し分ない宿。
物価高のアタカマの中心部でプライベート部屋が20,000ペソ(40ドル)なら文句ないぞ。
ドミ部屋(8,000ペソ)もあるので一人でもOK。かなりオススメの宿である。(詳細



写真下は中央広場の様子。
      



  昼時、アサード(焼肉)屋さんの肉を焼く煙。
   人も犬も匂いにつられて集まってくる。
        もち、奴豚も。。。


        中央広場は皆の社交場。


 
  野菜買って エンパナーダ立ち食いしながら そぞろ歩く。



ボリビアへ抜ける四駆のツアーと 貸し自転車屋を物色。

ゴージャスな夕焼けのなか、中庭でネギたっぷりリゾット、アボガドツナ缶乗せの夕飯なり。


caldera カルデラ

  • 2013/01/21(月) 22:50:30

バレナーには ほんの一晩の滞在。
奴豚が不機嫌、「気に入らん」というので そそくさと次の町へのバスに乗る。



チリの北部は砂漠地帯。鉱山ばかりで景観はいまひとつ。
バスの行き先はカルデラCalderaという海沿いの小さな小さな港町。




途中 コピアポの町を抜けて行く。
砂埃ですすけた印象の町だった。




着いたカルデラ。
バス停で牛美が荷物番をしている間、奴豚が宿探し。
目星をつけておいた最初のホステルに決め、町を散策。

      
小さいが港には魚屋もあった。
天気が良いと なかなかどうして悪くない町である。



先を急ぐ必要もなし 三泊した。

隣にある猫の額程のリゾート地バヒアイングレサへジョギングしたり、海岸沿いをぐるりと巡って走ったりと 連日せっせと走った。

(写真左:突端の灯台)



          (写真右:中央広場の教会)

一周するのに15分もかからない程の小さな町だが 印象は良かったな。




さて、これからいよいよ アタカマ砂漠へ。

エルクイ渓谷からバレナーへ

  • 2013/01/18(金) 11:42:01

. 野良公の馬鹿者の事が頭から離れない。思い出しては寂しくなったりにんまりしたり、変な人達である。

エルクイ渓谷と呼ばれる 素敵な村々を通り、再び海岸のリゾート ”ラ・セリーナ”へ戻った。
帰路のバス運転手は山道のくねくねを巧みなハンドルさばきで あっと言う間の2時間半でセリーナのターミナルまで連れて帰ってくれた。が、野良公との距離がどんどん離れて行くのは淋しかったなぁ。。。


セリーナの町に戻り、海岸沿いの14kmランニング、漁港でのランチ、帰路のカジノでランチ代を稼ぐというパターンに戻った。


今回セリーナに三泊したのは、ダカールラリーの混雑をやり過ごすつもりであった。


以前パリダカと呼ばれていた砂漠のラリーレースは 今は南米の砂漠で行われており ダカールラリーと名称を変更している。

我々が北上しようと予定していたのと同じようなコースをあちらさんは南下してくるので、どこかですれ違うことになる。チームやサポート、その家族や友人、観戦者、ファンが揃って移動するので、バッティングすると宿が確保しにくくなる心配があり、出来れば脇道にそれてやり過ごしたいと思っていたのだが。。。実際 宿はどこも満室のようだった。。。

ラリーがセリーナに来るのが18日なので我々は18日の朝 北へと向かうバスに乗った。


ラ・セリーナ以北、観光に力を入れている町は希少である。

どこも鉱山、炭鉱が産業で、それなりに潤っているので宿代は強気の驚きの高値。
数年前に落盤事故で33人が69日間地下に閉じ込められ、奇跡の救出劇のあった町コピアポもこの先だ。泊まろうかどうしようか思案中である。

取り敢えず、宿の予約もないまま行き当たりばったりでVallenar(バレナー)という町までのバスに乗った。
早い時間に到着して徒歩で宿を探す作戦。
町が気に入らなかったら次の町へのバスに乗ろうと思っていた。

バスの車窓からの景色はすっかり砂漠地帯。
初めは面白いと見ていたが短調で眠気に襲われた。

バレナーまで3時間。
砂漠の中に急にオアシスのように緑が現れたと思ったらそこがバレナーであった。
渓谷と言うくらいだから、川に浸食された深い谷の狭間、川沿いに町が広がり下ってみると緑溢れる小さな町だった。

ダカールラリーのサポートチームが寛いでいた。
各自の車の整備をしたり食事を取ったり、公園で寝転んでいる人達もいる。
レースも終盤、疲れも出ている頃だろうなぁ。






牛美はひとりバレナーの町を歩いて宿を探す。奴豚はバスターミナルで荷物番。
拙いスペイン語で部屋の交渉。時には解らない方が安易に進む時もある。





年配の女性に すがるような眼差しで「セニョリータ、27,000 を 25,000にしてくれませんか?」と筆談してみる。

WiFiシグナルも強い、朝食付き、トイレシャワー付き、しょぼい宿だが立地が良く庭にテーブルがありいい感じであったので ここに一泊する事に決めた。



iPad 不具合

  • 2013/01/15(火) 11:58:28

ピスコ・エルクイのホステルにはWiFiがあった。
場所はカフェテリアに限られ、接続にもムラがあったが、何よりないよりマシ、ありがたいことだ。

ところが 我がiPadがストライキ

立ちあがらない。
電源も落ちない。
強制終了を繰り返してももとに戻らない。

またか。。。以前もあったんだ。

リインストールしてバックアップデータを戻してみる。
一瞬治ったかのように見えて、また同じ症状に戻ってしまった。この間、約3時間経過していて、深夜になり、復旧は翌日に持ち越す。


工場出荷状態に戻してみた。

バックアップデータをインストールすると機嫌が悪くなる。
何の為のバックアップじゃ。仕方ない過去は忘れよう。

まっさら、いちから出直しである。


っったくーー、、、。


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