奴豚 牛美の長期滞在型ジプシー生活

2007年からマラソン始めた夫「奴豚」と 妻「牛美」。テーマ:マラソンに出場しながら旅してます

さようなら 素晴らしきボリビア

  • 2013/02/25(月) 04:46:18

2月25日。


コパカバーナを朝9時のバスで出発。楽しかった ボリビアに別れを告げる日。

2キロ先はペルーの国境。

バスに大きな荷物を残し 徒歩で国境を越える。
まずはボリビア側で出国スタンプを貰い、400メートル先のペルーの入国管理窓口で何ひとつ質問されず、荷物のチェックもなくスタンプを貰って完了なり。簡単。。。ペルーに入国して時計を1時間戻す。

バスに戻り PUNO プーノまで 約3時間弱。
PUNO プーノの町はバスの車窓から見た限りでは良い印象はなかった。
バスターミナルでバスを乗換えて その足でペルー第二の都市 Arequipa アレキパへ向かった。

道中の景色は広い大地と緑豊富で綺麗だったが アレキパに近づくにつれ霧が張り出し視界ゼロに。バスは大幅にスピードを落とし アレキパ到着は夜になってしまった。
車内で一緒だった英国人とドイツ人男性とタクシーを割り勘して町の中心地へスムーズに移動し予約してあった宿へ。

久しぶりにバスに10時間も乗ったら 疲れた。。。



AREQUIPA アレキパの町はクスコによく似ていた。

南米の町は何処もそうだが 立派な教会の隣に中央広場があり、それを中心に町が広がっている。
第二の都市 と聞くと ビルが連立する大都会かと想像していたが、スペイン風の古い建物がとてもチャーミングな美しい町である。
一目で気に入った。居心地も良い。中央広場の周りは治安も良く夜のそぞろ歩きも楽しい。

三つの火山が町のすぐ隣にそびえていて 壮観。ひとつは富士山に似ている。見事な景色。いい意味で期待を裏切ってくれた町。

宿も快適、ネットも快適、長居したくなる町だ。

Copacabana で走る

  • 2013/02/23(土) 13:41:19



  コパカバーナの小高い山の上には
     かなり大きな十字架が建っている。




下の写真はその展望台から町の南側を見下ろした景色。

初日はここをずっとずっと突端方面へ向けてスロージョグ。のどかだ…
標高は3840メートル。相変わらず富士山より高い。


        



チチカカ湖は鱒(トルーチャ)でも有名。

町のレストランは軒並み 鱒料理を提供とあって 我々も久しぶりに魚にありつく事が出来た。ほぼ毎食 鱒。

料理方法は揚物かフライパンで焼くしかなかったが、焼いた物にレモンをかけて食べるのが最もシンプル。腹にほうれん草とニンニクを詰めて焼いたのも鱒の泥臭さが隠されて美味しかった。湖で養殖しているんだろうな、きっと。

消化具合がチョット心配だったが、鱒料理は問題なく、かえってピザを食べた翌日の方が不調であった。



チチカカ湖に浮かぶ「太陽の島」へ走りに行った。

スローボートで2時間もかかる。
すぐそこに見えているのに。。。
北側の港から 眺めの良いトレイルを南側の港へ向け走る。
(トレイルによって差があるが直線コースならば8キロ程度)




     

太陽をいっぱいに浴びて とびっきりの晴天。太陽の島というだけある。サンサンと降り注ぐ陽の音が聞こえてきそうなほど。


      



インカ文明がここで生まれ 広がって行った、歴史的にも重要な遺跡が残されているらしいが、我々は資料館は素通りし、帰りの船の時間に間に合うよう さっさと走り出した。


      


途中の村落で通行料を取られるのには面食らったが。。
各村落でちょっとずつ徴収されるなんて知らんがな。


      

というわけで関所を避けたコースを取った。

途中で脇道へもそれ、総走行距離は14キロメートル。
地元の人達とも交流して、実に気持ちの良い楽しいトレイルだった。



      


     のどかで平和で静かで優しく美しい島。  Isla del Sol



Copacabana

  • 2013/02/22(金) 09:31:40

チチカカ湖に面する町、コパカバーナ。


チチカカ湖を見るならペルー側のプーノ(PUNO)よりもボリビア側のコパカバーナがお勧めである。
青さが違う。夕陽が美しい。町が綺麗だ。断然コパカバーナ。

ラパスからバス。ボリビアで初バスである。が、普通に舗装路で何の心配もなく約3時間で到着した。

途中 短い海峡を渡る。
乗客はフェリー、バスはバス専用渡しで。





コパカバーナは小さな町。町の中心は観光客ばかりである。治安良く安全。何の心配もいらない。

      



          ここで四日間、せっせと走るのである。



La Paz から Copacabana

  • 2013/02/21(木) 02:03:38

ラパスが気に入り7泊を8泊に延長。

Air BnBの家主ファリニャとその母マリアはとても親切で、昼食に招いてくれたりマーケットへ連れて行ってくれたりだ。
木曜と日曜に空港付近で開催される青空マーケットは広さで言えば世界最大の規模だそうだ。
ゴミのような物から中古、新品、生き物(鳥や牛や馬等)、バスまで、無い物はない勢いで何でも売っている。スリが多いから手ぶらで行け、腕時計も外せと指示され用心して行ったが、何の問題もなく、以前訪れた他国のマーケットより安全であった。

息子さんが日本人と結婚式をあげお嫁さん共々日本から戻ってくるとあって、迎える準備で忙しそうだが、日本語を話す父上も皆、家族揃って親日家。
ボリビアには親日家が多い。顔も似ているような気がする。ますます親近感が湧く。



ボリビアのビザは30日間。切れる前にペルーへ向け移動するのだが、チチカカ湖を通って行くのだ。

というわけで、次なる目的地はコパカバーナ

コパカバーナと聞いてブラジルを思い浮かべる人は(自分も含めて)勉強が足らんのである。

コパカバーナの地名のオリジナルはここボリビアなのである。
チチカカ湖に面し、山に囲まれ大変美しい町だ。

コパカバーナとはボリビアのアイマラ語で「宝石の展望台、湖の眺め」の意味。
インカ文明発祥の地:太陽の島のあるチチカカ湖である。

標高3800メートル。ラパスより少し低い。
湖畔でトレーニングに励む予定である。


La Paz 死の道を走る

  • 2013/02/19(火) 23:41:03

ラパスには "death road"(直訳すると死の道)と呼ばれる山路がある。

雨季にはぬかるんだ道が崩れて 車が谷へ落ちたり、怖いもの知らずのバイカーやチャリダーがブレーキをかける事なくカーブを曲がりきれずに谷底へ落ちたりと、死亡事故が跡を絶たないことで有名だ。

ここをマウンテンバイクで駆け下りるツアーは観光客に人気である。
流石のボリビア政府も事故防止の為に、最近は車を制限し、バイク用に時間を分けたり、別に路を作ったりして、以前よりは安全のようだ。要は、スピードを出さなければ危険はないのであるが。。。


ここを奴豚が走りに行った。バイクではなくランニングである。
ハッシュランで知り合った現地在住ランナーと三人で夜明け前に出て行った。
車で2時間程行った山の上から 死の道はスタートする。




山の上は雪が残るところあり。




      

          山の中腹に刻まれた路。

        

本来のDeath Road は上部の舗装路を含め60キロメートル程度だが、奴豚達三人は舗装路はさけて、未舗装路が始まる地点から約37キロメートルのダウンヒルを駆け下りる。

      






ここで亡くなった人達の墓もある。








      

雨季で滝の水は豊富だ。
いたるところに滝。いいお湿りをいくつもいくつも越えて行く。


何故 牛美は行かなかったか。。。?

ダウンヒルコースと聞いて行きたくないはずはなかった。
が、せっかく男性三人でさっそうと駆け抜ける邪魔になるような気がして遠慮した。標高の高い37キロをきっちり走れる自信がなかった。残念。自分の力に不安があるのだから仕方ない。ぐっと我慢の一日だった。トレーニングを積むしかこの悔しさを晴らす方法はない。

La Paz HHHH

  • 2013/02/16(土) 12:14:21

ラパスへ来た一番の理由はハッシュランである。


世界で一番標高の高い首都ラパスのハッシュは HHHH(Hが4つ)と呼ばれている。

通常は HHH(或はH3): Hash House Harriers の頭文字を取ったものである。

ラパスは HHHH : Highest Hash House Harriers で Hが4つなのである。

隔週開催のハッシュに合わせてラパスに来たのだ。


実は 3月10日に第一回ラパスマラソンが開催されることになった。
世界一標高の高い首都での栄えある第一回シティーマラソンである。
  走りたくないわけがない。。。  が、 知った時期が遅過ぎた。
3月11日ペルーのリマ発の航空券を購入済みで変更不可。
ラン航空に聞いてみたが、出発地及び出発日の変更は不可のチケットである。残念だが出走は諦めた。

  因に 興味のある方に:参加無料で 今からでも参加可能である。
スタートから13キロメートルは上り、その後は下りのコースだそうだ。高所で心臓破りの坂を経験したい方にはもってこいのレースである。詳細はこちらから
どうぞ




さて、我々はハッシュラン。

ラパスの宿はAir B&B。広々した寝室が3つもあるアパートで快適だ。宿主の娘さんがハッシャーだと言う。なので一緒に出掛けた。

土曜の午後 待ち合わせ場所で待つ事20分。ボリビア人はのんびりである。
ゾナスール(南側にある町)から車でさらに“月の谷”方面へ上がって行った所がスタートであった。
   
約20名程、男性は若手ランナーが多く、ついて行こうと頑張ってはみたが。。。離されはしたが女子ではトップ。

約7キロのコースは 多彩な路面に面白いアップダウン。月の谷の横を抜けて とても楽しいコース取りだった。

      

      

      

      



     メンバーのハッシュ名 命名式もあって。。。

        


         会合の後は バーベキュー。

     


  ラパスは治安も良く、暗くなってもさほど心配せず 無事帰宅なり。

ラパスには親日家が多く、日本語を話す人が数名。日本の文化にもとても興味を持ってくれている。ラパス郊外には日本人のコミュニティーがあるそうだ。知らなかった。


La Paz

  • 2013/02/14(木) 08:25:40


      ラパス La Paz、 Oh、La Paz  ラパス !!!

ラパス。 他と比較のしようがないラパスの街並。 なんて心揺さぶる 光景だろう。

何の情報もなく 軽い気持ちで来たみたところ、空港から町へ向かう景色の例えようの無い衝撃。





     すり鉢状。

   すり鉢の縁の上まで家々が連なっている。




      中心地はすり鉢の中心部。

      最も低い部分には高層ビル。








   眺めていても見飽きる事がない。
     レンガ色の家々が綺麗だ。
  宣伝や看板がないせいでもある。


ラパスへ飛べるか???

  • 2013/02/13(水) 08:58:47

スクレでは観光らしい事はなにもせず。
元々カーニバルで皆閉まっていた。空いているのは宿屋とスーパー(時間短縮)と観光客目当てのカフェが数軒。

水かけ合戦に疲れると 外国人旅行者はほぼ同じカフェに集う。馴染みの顔がちらほら、皆、びしょ濡れでビールを飲んでいる。
ビールはフアリHuariブランドが味わいがあって旨い。ポトシナブランドは薄過ぎだな。

ボリビア産ワインもなかなか捨てたものじゃない。トゥピザでも連日ワイン屋に通った。1本 300円から500円、とても美味しい。



四日間のスクレカーニバルも終了し、水曜の朝 道は綺麗に掃除され 何事もなかったかのように皆乗合バスで仕事へと向かう。
カーニバル中ウィンドーガラスが割られないように貼り付けてあった囲いや覆いのベニヤ板を外し店を開ける人々。静かだ。祭りによって憑き物が落ちた感じ。
どの国民も、祭りで羽目を外し日常を離れ 色んなものを発散したり流したりするんだなぁと町の様子を見ながら、我々は空港へと向かった。


カーニバル前日に町の旅行社で、スクレからラパスへのアマゾネスエアー便の席を購入しておいた。
チェックインカウンターで荷物を預ける。他の客が次々搭乗口へ向かう間、我々はやけに待たされていた。

     「???」 が  『嫌な予感』  へと変わった頃に、、、

案の定 予約が確認出来ない と言う。 おまけに満席で今日は搭乗不可能、明日も満席って どうゆうことよ?!!!  まてよ、怒る前に冷静に話し合おうじゃないか。

発券した旅行社に連絡取ってもらう。ともかくスペイン語でまくしたてられても我等には解らん。誤解かもしれぬ。旅行社と空港マネージャーが電話口で激しく言い合いしている。互いに自社には非がないことを主張しているようだ。
  アマゾネスエアーの言い分はこうだ。「コンピューター上で予約が確認できないのでチケットを持っていても既に満席の便に乗せることは不可能」
  こちらの主張は「アマゾネスエアーの予約サイトで購入し、支払いも済んでおりリコンファームも済んでいるのに予約がないというのは御宅のシステムミスだ」

       どうやら我々だけではなく 他にも二人待たされていた。

        飛行機は準備が整い 我々以外の乗客はすでに搭乗。

その時 チケットを購入した旅行社の担当者がカウンターに来てくれた。その手には 搭乗券が握られていた。ラパス本社に電話で掛け合ったのだそうだ。飛行機には空席がある。何らかの理由で乗客数を制限しているらしい。我々を乗せるか否かは機長の判断に委ねられたそうだ。本社からは乗せるよう指示が出ているようである。

かなーり待たされてからOKが出て機上の人達になる。
機内には空席が目立った。気圧のせいで重量に制限があるのだろう?
最悪の場合、14時間かけてバスでラパス行きを覚悟していたが、飛行機はたったの40分で世界で一番高度の高い(国際空港)ラパス空港へ着陸した。




 注)ラパス空港:世界最高標高の国際空港。標高4,000メートルを越す位置にあり、酸素濃度が薄くエンジンの燃焼効率、翼の揚力発生能力が低下するため、大型機でも離陸時に充分な加速が得られ、着陸時も安全な速度が維持できるようボリビア国内で唯一4,000メートルの滑走路を有している。
(wikipediaから抜粋)


スクレSUCREで走る

  • 2013/02/11(月) 13:10:06


ポトシは雨で寒く高度も高い事もあって、丸二日 ジョギングは休んだ。


スクレに来て 翌日から朝のうち、まだカーニバルの水かけ合戦が始まる前に走った。

スクレ市街は綺麗なコースが見つけられず、ゴミが散乱する市街地を走ってみた。
が、野良犬が沢山いる。縄張り意識が強く数匹で挑まれると流石に棒切れと石ころでは心許ない。集団の犬を見つけると走るのは止め 距離を置いて やり過ごすことにする。


走って坂を登るのは相変わらずキツイ。ポトシより低いが2900メートルの高台である。
こうやってボリビアで走ることが のちに心拍機能強化として役立つだろうか。。。 トレーニングと呼べるほどのことはしていないが、本番で楽しく走る為には 多少のキツさくらいなんだ。(…と豪語してみたが…)




ゴミ溜め(スクレの皆さん、すみません)ばかりを縫って走るんじゃモチベーションも下がるので、展望台へ登ろう!と奴豚に提案。自ら山を駆け登るコースを選ぶとは、オヌシなかなかやるのう。。。ってか?

       

ミラドー(展望台)は町のすぐ外れ、小高い丘の上だが 辿り着くまで 息が上がる。




途中 犬の集団に会い 道を譲った。

囲まれたら勝ち目なさそうだったのだ。




   展望台てっぺんにはお決まりのキリスト様。




  スクレで唯一、このコースは景色抜群だった。 満足。








中華新年を祝って昼食に中華系食堂へ行き定食を頼んだところ。。。

見事に中華らしきスープが登場して 少々面食らう。







 食後 近所のケーキ屋でテイクアウトを頼むと、

   紙皿に乗せたケーキに ズブリとスプーンを刺してくれ、

     このままお持ち帰りなり。


Sucre スクレ

  • 2013/02/10(日) 12:44:29

寒いポトシをそそくさとあとにし、タクシーでスクレの町へ向かう。
バスも走っているが乗り合いタクシーならば2時間半程度。三人以上で割り勘すればひとり15ボリビアーノ(200円程度)。ドアーto ドアーで雨に濡れる事なく楽にスクレ着。

Sucreスクレはボリビア第二の都市。

白壁、コロニアル様式、ユネスコ世界遺産の街並みがチャーミング、綺麗な町だ。
        


ここでカーニバルの四日間を過ごすのである。



ウユニからトゥピザへ一緒に旅した英国人女子達は一足先にポトシ入りしたのだが、1人が高山病にかかり一晩入院したそうな。高山病も重度になると低地へ移動する以外対処方法はない。ので 退院してその足でスクレへ移動したとメールで連絡があった。果たして回復しただろうか。。。



スクレの宿はフランス領事館内にある部屋を予約していた。
領事館が宿を営んでいるのか? 面白そう。

                

タクシーで領事館に横付け。フランスの国旗がはためき、ちゃんと領事館と書いてある。
これほど安全な住まいは他にないだろう。

後で知ったのだが、元々ホステルを営んでいたフランス人が、政府から頼まれて領事館の仕事をボランティアで引き受けているという面白い実態であった。領事館としてはそれほど忙しくはないのであろう。

実際そこには一泊だけして引越ししたのだが ベッドは心地良く羽根布団も気持ち良かった。建物は古いが。。。興味ある方は こちらを参照。
何故 引越したかと言うと ネット接続状況が良くなかったからである。
引越し先は 宿主が自ら進めてくれた ホステルだった。
ドルチェビータDolce Vitaという宿の我々の部屋は20畳程もあり、広々快適な場所だったのだが、生憎南京虫がベッドに潜んでいたようである。。。首と顎を刺され、人相がちょいと変わったのであった…




さて、カーニバル。

金曜の夕方は 楽団を引き連れた団体が いくつも町を練り歩いていたが、これと言ってカーニバルの感じはなかった。

土曜。午前11時ごろから中央広場の周りでダンスが見られると言うので行ってみた。各チームに分かれて着飾ったグループが踊り歌いながらのんびり行進していた。

      

         

      

次々とくるわけではなく間が空くので待ちくたびれる。人垣をかき分け、背伸びして 見ていたが、カーニバルクイーンの登場で終了した。

      


約2時間程のイベントだった。
その後は、水かけ合戦。


日曜日も月曜日も火曜日もずっとずーーっと水かけ合戦。
練り歩く楽団に向かって集中砲火ならぬ集中放水。

風船に水を詰めた水爆弾の投げ合い、ハイテク水鉄砲、旧式バケツも登場で誰彼かまわず水を掛け合うのがスクレの祭りであった。
老若男女、町民総出の水かけ合戦。おばあちゃんまで割烹着の下に隠した水爆弾をシュパッと投げてくる。
誰一人怒ったり泣いたりする者はいない。


だもんで、外出時は雨具で防御し、水爆弾をよけ応戦しながら。
これが結構面白くて 一度濡れると根性も座って 進んで戦地に赴くのであった。気温低くずぶ濡れになると寒い。
高山病から回復した英国人二人娘達と一緒に連合軍でボリビア勢と渡り合った。


      


。。。が、二日目、三日目ともなると飽きて、最終日は外出すらせずであった。
楽団と共に練り歩く人達も酔いが回ってきたようだが、終日ぐるぐると町を回っていた。


          



カーニバル中は店も閉まり、買い置きしておいた食材で自炊して 宿でネットしたり旅程を練ったりしていた。




前へランダムサイト一覧次へ参加申し込み