奴豚 牛美の長期滞在型ジプシー生活

2007年からマラソン始めた夫「奴豚」と 妻「牛美」。テーマ:マラソンに出場しながら旅してます

トランジットのプンタアレナス

  • 2013/03/24(日) 06:37:32

今回の南米旅編、チリでの滞在はここプンタアレナスが最後である。

フォークランドからの便が遅れなければ丸々二泊のところが、遅延のため中一日になった。
翌日 リマへ向かう便がこれまた早朝で(6時)3時半に宿を出ねばならんとあっては、プンタアレナスの町で何かしようという気にならず、結局 部屋で一日中ずーっとネットをしていた。
フォークランドでインターネットが不自由だった分の反動である。


二人共、ものも言わずに各自の画面を食い入る様に見ていた一日。

これでチリともお別れだ。

Punta Arenas

  • 2013/03/14(木) 11:43:52

ずいぶん前にラン航空のチケットを手配したので、度々 機材や便名、出発時間や経由地の変更をされた。 これがまた 勝手にされるので用心せねばならん。
何度 ラン航空に電話をし、オフィスへ出向いて確認に確認を重ねた事か。。。 南米の航空会社は要注意である。

いよいよ フォークランドへ飛ぶ日が近づいてきた。




  プンタアレナスで世話になっている宿。
    狭いがベッドは快適。




    宿の猫 庭にわんさといる。
     皆 気持ち良さそうに ひなたぼっこ。


マラソン前にじたばたしても仕方ない。
 軽くジョギング気分で海岸を走る。
 澄んだ空、日の光と青さが眩しいほど。
 海ではイルカが跳ねている。

 モニュメントが南極はあっちだと指している。



  楽しみだなぁ、フォークランド。


Punta Arenas

  • 2013/03/12(火) 06:19:29

プンタ アレナス Punta Arenasチリの最南端の町である。


2007年に我々はアルゼンチンの最南端 ウシュアイアへ行き、一ヶ月滞在しマラソンも走っている。ウシュアイアとは さらに南で南極に最も近い町である。

ノルウェーのトロムソに行った際のブログにも書いたが、最北端や最南端と言われる町はどこか似ている。(トロムソの美しさは群を抜いているかもしれぬが。。。)
アイスランドにも似ている。

まずは気温 = 当然だが、どこも寒い。建物の外観も似ている(雪のせいか?)
日差しも似ていて空気も似ている。海の景色も。
服装にも共通するものがある。
雰囲気も似ていて、早い話が『以前に来た気がする』のである。

      

プンタアレナスは予想より大きな町で近代的だ。

チリは南米というくくりから外した方がいいと想う。チリとアルゼンチンはあまりにヨーロッパ色が強く 南米のイメージは既にない。
プンタアレナスの市内を散策していると、ふと ヨーロッパか英国に居る錯覚になるが、聞こえてくるスペイン語にハッとする、といった感じだ。



町から20キロ離れた 小さな空港に着いたのが午前5時半だったので、狭いターミナルの木のベンチで仮眠を取り、10時のミニバスで市内のホステルへ。
雨上がりの町は リマから来た我々には極寒で ありったけの冬服を引っ張り出し マフラーと毛糸の帽子に手袋と完全防備しストーブに尻をくっつけていた。


暖かい部屋で一息ついたあと、晴れ間が広がり 差し込む日差しに気を良くして 走りに出た。
ボリビアの高地で散々走ってきた二人である。

高地トレーニングは我々の身体にどんな変化を示してくれるのだろうか…

      

海岸沿いのサイクリングロードを走り出した。
リマで一日ベッドに臥せった事を思い ゆっくり走り出したが 身体が軽くて 知らずにペースが速くなる。奴豚に速すぎと指摘されスローダウン。
水平線へと消えて行く大型客船が見える。南極を巡るクルーズ船か?
なんとまぁ身体と足が軽い事か。靴にスプリングでも入っているかと思うほどだ。
ボリビアの登りで 呼吸に苦しんだあの時が嘘のよう。キロ5分なんてスキップ気分である。
(得意になるのも今だけと思うが。。。たまには言わせてや)
          ふふふ、気分はケニアン

       高地トレーニングに行く訳がよーく解った。

何が楽って呼吸が楽なのである
酸素が全身の筋肉の隅々まで行き渡っている感覚。



 この調子のままハーフマラソンを走ってみたいなぁ。
   。。。と、散々書いたので 週末のマラソンは如何に???

     …… なのだが、 フォークランドは強風のレースなのである。

 前に進むより押し返されないよう踏みとどまるだけで終わったりして。。





アタカマからウユニへ

  • 2013/01/29(火) 08:35:33



当初、アタカマには三泊程でいいかと思っていたのだが、砂漠や山や湖やら 息を呑む程美しい夕焼とかを見ているうちに、結局六泊してしまった。

アタカマ砂漠を抜けてボリビアへ入国しウユニ塩湖へ向かう3日間の四駆車ツアーの日程も、無理言って二回も延期してもらった。(ボリビア人、結構融通効くね、ありがとう。)


アタカマ砂漠も素晴らしかったが、この先に是非見たい所があるのだ!

それは ウユニ塩湖 : 雨期に入って雨水が溜まるまで、わざわざ日程待ちして、この時に調整してきたのである。


ウユニ。 最近ユニクロの宣伝で紹介されているらしい。(日本にいないからわからんが。。。)
地平線と空がくっついて境がなくなり、世界がまん丸になる場所。どこからが空でどこからが塩湖か解らなくなるのである。全ては鏡張り。全てが湖面に映り込んで まるで宇宙に浮遊しているような錯覚を起こす、この世とは思えない あり得ない程美しい光景なのである。

それを見たくてボリビアへのツアーに参加した。ツアー会社選びも慎重。
塩湖で朝日が見られるか?否か? 運転手や四駆車の状態、食事や宿、何がツアーに含まれているのか、色々調査して、エストレラ・デル・スール(Estrela del Sul) という会社に決めた。
。。。矢先に、まさにその会社のツアーで運転手が飲酒運転、ヘロヘロで危険な運転をしたという情報が耳にはいる。よくある事らしい。運転手が二日目くらいから夜な夜なドライバー仲間と酒盛りをする話は聞いていたが、実際目の当たりにし、その会社のツアーに申し込んだとなると話は違ってくる。

事務所に出向いてプレッシャーをかける。のらりくらりと応対するボリビアン。
朝日も、ベストドライバーも確約はしてくれたが、口約束はあてにならない。実際、ツアーは始まってみなければわからない。あとは同乗者達と相談して、運転手が居眠りしないか、飲酒運転しないか、皆で常時確かめるしかない、と かなりの覚悟で出発の朝を迎えた。




1月29日
いざボリビア国境へ。

… と、その前にチリを出国せねばならぬ。出国スタンプを貰うのに長蛇の列。1時間並ぶ。


さて、やっと国境を目指すなり。トイレか?と思うような簡易建物内部で、「日本人? ふうん。何日滞在したいの? 30日? 何故?」と軽く質問にスペイン語で答えて入国完了。


周りは山。チリ側からの四駆車ツアー陣と ボリビア側からの四駆車ツアーの交差点。
グリンゴトレイル=つまりは外国人観光客のゴールデンルートだ。

これからいくつもの湖をめぐり、5千メートルの山を越えて、二日かけてウユニを目指すのである。



昼近くになって朝食。

チリ側のバスドライバーがささっと準備をしてくれ、車の横で軽食。

ここでボリビア側からの四駆車に乗換える。
ボリビアの観光はボリビア人ドライバー・ガイドに限定されているのだ。


atacama 月の渓谷

  • 2013/01/25(金) 22:54:17

"月の谷" を目指して



 今日もにわかチャリダーは 朝も早よから
   フットワーク軽く 。。

        出発進行ー!





目指す先は「ヴァレー・デ・ラ・ルナ」(訳するに 月の渓谷 )

月面はこんな風じゃないか?という 月に行ったことのない我々が思い浮かべる世界である。



      

塩の大地は白く乾き、ミネラルを多く含みクオーツ石などはむき出しである。
岩と言うよりも石と砂の大地を風が刻んで作った地形。ゴツゴツよりむしろギザギザで不用意に触ると鋭利なエッヂで怪我をしそうだ。(実際切ったのだが。。)




細かい砂、透き通った水晶、表面はキラキラ日に反射する。






     まさに月面 の イメージ。







スケールの大きな景色の中をさらに進む。
広大な公園である、が、アタカマ砂漠のなかにあっては ほんの点ほどの大きさだ。




空も雲も 綺麗だ。

飛行機がまっすぐな線を引いて飛んで行く。
空からはどんな風に見えるのだろうか。



スリーマリーと名付けられた岩。何万年も前からここに立っている。
風に少しずつ削られて行くのだろう。






日陰を求めて岩の影に座る。シーンとした景色のなかに ピキッ! ビシッ! と 渇いた音がする。
誰かいるのかとあたりを見回す。
石と泥と塩で出来た その岩の表面から聞こえる。
少しずつ剥がれているのである。

崩れないかとヒヤヒヤしながら、しばしランチ休憩。






     ここから天然塩を採取している。        水晶と思われる表面(写真右)
     



  開園は9時半だが、チャリの我々を8時半に入園させてくれた。

誰もいない月の渓谷は、自分を なんてちっぽけな存在に思わせてくれたことか。。。

圧倒的な大地の中に ポツネンと 存在している我々人間は、小さく、その生涯は短かい。


      


何百年も雨一滴降らない場所もあるのだそうだ。

NASAが火星探索ロボットの試験をしたこともあると言う。




  塩の川、蛇行する河の跡、
     大地に刻まれた 壮大な景色。

       ここに来ると無口になる。




   圧倒的な規模の 大砂丘。
       砂の海、砂の波、
         広すぎて、例えようが無い。

  (クリックで拡大すると左上に車が小さく見える)





結局、丸一日をここで過ごしたが、すれ違う人はほとんどいなかった。
団体ツアーは夕方なのである。
車でさぁ〜っと巡ってしまっては、ここの素晴らしさは半減するだろう。


是非、自転車でゆっくり巡って欲しい 素晴らしい渓谷である。

暁のチャリダー

  • 2013/01/24(木) 02:23:30

 アタカマはこんなトコ

東は雪をかぶった5千メートル級の山々。活火山からは煙がのぼる。あれを越えると向こう側はボリビアだ。
西は 月面てこんな感じか?という 砂漠と岩山が果てなく続く。塩を豊富に含んだ白っぽい大地と濃い茶色の砂丘、ピンクがかった山並み。ほんの少しの緑があちらこちらに。

強烈に渇いて 朝晩は寒く日中の紫外線は強力、まさに砂漠の気候。
世界の砂漠の中でも最も乾燥しているそうだ。
鼻の中がカラカラに乾いて痛いほど。



マウンテンバイクを借りて 夜明けに塩のラグーン(湖)目指して 走り出す。

  東の山の上に 光が…。 … … … 。         パッカーンと朝日の登場。
      



暁のライダーは一路 湖を目指して 真っ平らなアスファルトをまっしぐらに進む。
朝の冷気が気持ち良い。寒くて指がかじかむ。

      



   岐路、ここから砂利道。

      お尻痛い。。。。




     22キロ先のラグーンまで1時間半。一番乗りで誰もいない静かな塩湖。

        


湖は三箇所あり、一箇所だけ入水が許可されている。他はフラミンゴ達用。



  まだ寒いんだけど。。。

   ソロリソロリと入ってみると、、、

     強い塩気で身体が浮く。 死海と同じ。





プカプカと浮きなしに漂う浮遊感。

泳ごうとしても足が水面から上に持ち上がってしまい泳げません。







塩ラグーンで浮遊感を堪能し塩で真っ白になった肌を水で落とし、すっかり冷えて、にわかチャリダーは 今度は山へ向かう。

      


     ひと山登って トンネル通って、
        




  チャリダー達の前には 

   更なる山と砂漠が広がっていた。。



san pedro de atacama サンペドロ・デ・アタカマ

  • 2013/01/23(水) 22:52:08

アタカマ砂漠へ


1月22日 カルデラ 22時20分 発 の バスに乗った。

サンペドロ デ アタカマ、日本人には通称 ”アタカマ” 、 その名の通り アタカマ砂漠のど真ん中の町へ向かうのである。

所要時間9時間の夜行バス。満席だった。
我々は カマエクゼクティブ(やや寝台)席で ゆったり休む事が出来た。
(やや寝台)と書いたのは、セミカマ席の通常のリクライニングと比べると150度リクライニングするので、寝台とは呼べないが ゆったりだからである。


翌朝 9時、ローカルは ”サンペドロ”と呼ぶ サンペドロ・デ・アタカマへ着いた。
バス停から予約しておいた宿までは1ブロックですぐ。町の中心から2ブロックと絶好の立地。
フランス人の間で絶大な人気を誇るホステルローズ・デ・アタカマ
本当にフランス人しかいない。。。ホステル内の公用語はフランス語、いきなりフランスに戻った気分。まぁもともとスペイン語もフランス語も牛美にとっちゃ 似たようなもんだ。もちろん英語も通じる。

このホステル、立地よし 値段よし 部屋も共有スペースも清潔 おまけに羽根布団。
シャワーの時間は朝晩2回に限定、朝食は付かないがキッチンで自炊可能。物干し場もあり、中庭も広く 家具類は古いが、我々には申し分ない宿。
物価高のアタカマの中心部でプライベート部屋が20,000ペソ(40ドル)なら文句ないぞ。
ドミ部屋(8,000ペソ)もあるので一人でもOK。かなりオススメの宿である。(詳細



写真下は中央広場の様子。
      



  昼時、アサード(焼肉)屋さんの肉を焼く煙。
   人も犬も匂いにつられて集まってくる。
        もち、奴豚も。。。


        中央広場は皆の社交場。


 
  野菜買って エンパナーダ立ち食いしながら そぞろ歩く。



ボリビアへ抜ける四駆のツアーと 貸し自転車屋を物色。

ゴージャスな夕焼けのなか、中庭でネギたっぷりリゾット、アボガドツナ缶乗せの夕飯なり。


caldera カルデラ

  • 2013/01/21(月) 22:50:30

バレナーには ほんの一晩の滞在。
奴豚が不機嫌、「気に入らん」というので そそくさと次の町へのバスに乗る。



チリの北部は砂漠地帯。鉱山ばかりで景観はいまひとつ。
バスの行き先はカルデラCalderaという海沿いの小さな小さな港町。




途中 コピアポの町を抜けて行く。
砂埃ですすけた印象の町だった。




着いたカルデラ。
バス停で牛美が荷物番をしている間、奴豚が宿探し。
目星をつけておいた最初のホステルに決め、町を散策。

      
小さいが港には魚屋もあった。
天気が良いと なかなかどうして悪くない町である。



先を急ぐ必要もなし 三泊した。

隣にある猫の額程のリゾート地バヒアイングレサへジョギングしたり、海岸沿いをぐるりと巡って走ったりと 連日せっせと走った。

(写真左:突端の灯台)



          (写真右:中央広場の教会)

一周するのに15分もかからない程の小さな町だが 印象は良かったな。




さて、これからいよいよ アタカマ砂漠へ。

エルクイ渓谷からバレナーへ

  • 2013/01/18(金) 11:42:01

. 野良公の馬鹿者の事が頭から離れない。思い出しては寂しくなったりにんまりしたり、変な人達である。

エルクイ渓谷と呼ばれる 素敵な村々を通り、再び海岸のリゾート ”ラ・セリーナ”へ戻った。
帰路のバス運転手は山道のくねくねを巧みなハンドルさばきで あっと言う間の2時間半でセリーナのターミナルまで連れて帰ってくれた。が、野良公との距離がどんどん離れて行くのは淋しかったなぁ。。。


セリーナの町に戻り、海岸沿いの14kmランニング、漁港でのランチ、帰路のカジノでランチ代を稼ぐというパターンに戻った。


今回セリーナに三泊したのは、ダカールラリーの混雑をやり過ごすつもりであった。


以前パリダカと呼ばれていた砂漠のラリーレースは 今は南米の砂漠で行われており ダカールラリーと名称を変更している。

我々が北上しようと予定していたのと同じようなコースをあちらさんは南下してくるので、どこかですれ違うことになる。チームやサポート、その家族や友人、観戦者、ファンが揃って移動するので、バッティングすると宿が確保しにくくなる心配があり、出来れば脇道にそれてやり過ごしたいと思っていたのだが。。。実際 宿はどこも満室のようだった。。。

ラリーがセリーナに来るのが18日なので我々は18日の朝 北へと向かうバスに乗った。


ラ・セリーナ以北、観光に力を入れている町は希少である。

どこも鉱山、炭鉱が産業で、それなりに潤っているので宿代は強気の驚きの高値。
数年前に落盤事故で33人が69日間地下に閉じ込められ、奇跡の救出劇のあった町コピアポもこの先だ。泊まろうかどうしようか思案中である。

取り敢えず、宿の予約もないまま行き当たりばったりでVallenar(バレナー)という町までのバスに乗った。
早い時間に到着して徒歩で宿を探す作戦。
町が気に入らなかったら次の町へのバスに乗ろうと思っていた。

バスの車窓からの景色はすっかり砂漠地帯。
初めは面白いと見ていたが短調で眠気に襲われた。

バレナーまで3時間。
砂漠の中に急にオアシスのように緑が現れたと思ったらそこがバレナーであった。
渓谷と言うくらいだから、川に浸食された深い谷の狭間、川沿いに町が広がり下ってみると緑溢れる小さな町だった。

ダカールラリーのサポートチームが寛いでいた。
各自の車の整備をしたり食事を取ったり、公園で寝転んでいる人達もいる。
レースも終盤、疲れも出ている頃だろうなぁ。






牛美はひとりバレナーの町を歩いて宿を探す。奴豚はバスターミナルで荷物番。
拙いスペイン語で部屋の交渉。時には解らない方が安易に進む時もある。





年配の女性に すがるような眼差しで「セニョリータ、27,000 を 25,000にしてくれませんか?」と筆談してみる。

WiFiシグナルも強い、朝食付き、トイレシャワー付き、しょぼい宿だが立地が良く庭にテーブルがありいい感じであったので ここに一泊する事に決めた。



iPad 不具合

  • 2013/01/15(火) 11:58:28

ピスコ・エルクイのホステルにはWiFiがあった。
場所はカフェテリアに限られ、接続にもムラがあったが、何よりないよりマシ、ありがたいことだ。

ところが 我がiPadがストライキ

立ちあがらない。
電源も落ちない。
強制終了を繰り返してももとに戻らない。

またか。。。以前もあったんだ。

リインストールしてバックアップデータを戻してみる。
一瞬治ったかのように見えて、また同じ症状に戻ってしまった。この間、約3時間経過していて、深夜になり、復旧は翌日に持ち越す。


工場出荷状態に戻してみた。

バックアップデータをインストールすると機嫌が悪くなる。
何の為のバックアップじゃ。仕方ない過去は忘れよう。

まっさら、いちから出直しである。


っったくーー、、、。


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