奴豚 牛美の長期滞在型ジプシー生活

2007年からマラソン始めた夫「奴豚」と 妻「牛美」。テーマ:マラソンに出場しながら旅してます

こんなことで。。。

  • 2012/01/29(日) 01:59:54

シンガポールにおります。

気温は低めで過ごしやすい日が続いているが、実はこれが走りに出てみるといかに湿度と気温が高いかを再確認することになる。

今世話になっている友人宅 (転勤で留守) の裏にマウントロージーロード、訳して ロージー山 と呼ばれる道があり、車の通りも少なく木立に囲まれ日陰があって静かなので、ちょいジョギングにはぴったりなのだが、(山と呼ばれるだけあり少し坂である、)走りに行くと決まって39分後に心臓がバクバクしてそれ以上走れなくなってしまうのである。我が心臓は39分にアラームをセットしたかのように、もうダメじゃ、と思って時計を見ると決まって39分なのである。
こんな事ではフルマラソンなんて走れるわけがない。どうしたものか。。。
やはり暑いんだわーーー。


家から 北に15分走ると、貯水池がある。ここはかつてのトレーニングコース。
快適なトレイルがあるのだが、こちらは短いコースでも一周15キロと、ちょいジョグにはむかない。はじめから走るぞーと思って行かねばならぬ。


ひさびさ、奴豚に促されて渋々ついて貯水池へ行った。
流石に貯水池は水辺を渡る風が爽やかで、トレイルは温度も低めで走るには適している。
ゆっくりだが2時間ジョギング、沢山沢山 汗を流してきた。
色々などろんとした気持が汗とともに流れていってくれたような気がしている。少し軽くなったようだ。


旧正月 シンガポールにて

  • 2012/01/23(月) 12:38:56

中国をあちこち回って、さらに香港澳門のあと シンガポールに来たらホッとして肩の力が抜けた気がする。ここでは全てが理路整然、秩序-道徳は当たり前で話題にすらならないが 改めて清潔な街に感心。

ローカルから聞く「シンガポールは死刑のあるディズニーランド」とは、もともとSF作家のウィリアム-ギブソンが発した言葉であった。
ウィリアム ギブソンのDisneyland with the Death Penaltyの記事

街全体がディズニーランド的な人の手が加わったアミューズメントガーデンでありながらも(何ひとつ自然のままというものがないほど手入れされている)公衆道徳を守らない人への罰金制度や違法ドラッグの密輸並びに所持には死刑が待っているという国である。因みにこの10年間で50人が処刑されている。絞首刑は金曜の明け方、チャンギ刑務所で行われるそうである。



さて、今日23日は旧正月。さまざまな民族が同居するシンガポールでは、祝日のひとつに過ぎず、中華街と中国家庭をのぞいて街は普段と変わらない。(多少、休業する店もあるが)静かである。

居候させてもらっている家の家主が 急に転勤先から帰宅してびっくりさせてくれた。一緒に旧正月を祝おうと帰って来たそうで 久しぶりの再会を祝してウチメシ-ワインの夕べを過ごしている。

ブログアドレス

  • 2011/12/07(水) 13:06:38

いざ、メインランドチャイナへ。


先日お伝えしたとおり、中国ではDTIブログにアクセス不可能なので、期間限定でブログアドレスを移します。


これからしばらくは、下記のブログアドレスにて中国番外編もよろしく。

http://blog.goo.ne.jp/pigandcowaroundtheworld

またはこちらをクリック
奴豚・牛美の中国番外編へ

リカバリーラン

  • 2011/12/05(月) 13:02:17

マラソン翌日の月曜、リカバリーランと称して夕方マリーナ湾に集合。
涼しくなってから湾をぐるりと回る観光ジョギング。
女性四名のうち二人はフルマラソンを走ったメンツ。フルマラソンの疲れが抜けきれていない男性陣は、集合したはいいが気が変わったらしくパブへ直行。

女子だけ記念撮影兼ねてのんびり45分の超スロージョギング。
街の明かりがとても綺麗ねマーライオン。
走ったと言うか、写真撮りに行った感じ。
賑やかにシングリッシュで言いたい放題のリカバリーランはとても楽しかった。
次に会うのは東京と、握手と抱擁で別れを惜しむ夜。

SINGAPORE MARATHON

  • 2011/12/04(日) 21:11:16

シンガポールマラソン2011


スタート5時。

3時に迎えに来てくれる友人に合わせて 奴豚は1時半起床。
起床とは言うものの ほとんど寝ていない。ベッドルームに消えたと思ったら1時間後に戻ってきて、眠れないからとネットをしていた奴豚。その繰り返し。

こちらだって8時に寝れる訳もなく、リビングで朝まで中国旅行の調べ物をしていた。

        

3時に送り出して ちょっとホッとしソファーで仮眠。
4時半から ケーブルTVでマラソン生中継を放映するのでつかの間の睡眠。

前日の嵐とはうってかわって穏やかな朝。
夜明け前は涼しいが、湿度が高い。
            


5時、TV中継ではエリートに続いて一般ランナーがスタートをくぐっていく。
大変な人数だ。
列は延々と続いていた。

TVはエリートのトップランナーしか追わないので、1時間程見たところで再度仮眠。眠い。。。


目覚めるともうあたりは明るくなっていた。

TVには残り3キロ地点のトップランナーが写っている。
骨と皮だけの黒い骸骨のようなランナーが飛ぶように走っている。おかしな事にキャスター達が そのランナーを名前ではなくゼッケン番号で呼んでいる。トップを行くランナーの情報が分からないのだそうだ。

降って湧いたようなランナーがトップを独走している面白い状況。
やっと詳細が分かり、残りわずかというところで抜かれて二位。
優勝タイム 2時間14分。



シャワーして朝食して 奴豚からの電話を待っていた。

スタートから4時間半ほどたったころ 電話が鳴った。あ、終わったかな?と受話器を取ると、まだ9キロ残っているから、1時間後にフィニッシュへ着替えと替えの靴を持ってきてくれと言うので メトロで向かった。

           

          ふふ、苦戦してるな。


やはり気温が上がり、加えてこの湿気で、いい加減参っている事だろうとフィニッシュで首を長くして待っていた。

1時間後と言われた頃合いをずっと過ぎてもまだ会えない。日差しが暑くなってきた。
日陰で更に待つこと30分、近くの人に携帯電話を借りて奴豚にかけてみるも繋がらない。
7万人の人出では会えないかもしれぬと又携帯電話を借りてかけやっとつながる。


今フィニッシュをくぐるところだ、だとな。。。
へーーーー、珍しい事もあるもんだ。
よっぽど辛かったんだろう。
   7時間2分もかけて戻ってきたのだった。





     もう南国のマラソンは金輪際ごめんだって。

       だから言ったろー、暑いよーって。








フィニッシャーズTシャツ と ナイスなメダル






後日談:奴豚は ハーフを過ぎた頃から体調不良、二度吐いて途中で休み、目眩がしたので無理せず後半は徒歩だったそうだ。リタイアしてタクシーに乗ろうと何度も思ったらしい。
寝不足と調整不足、気温や湿度の影響もあるだろうが、オーバーウェイトも関係してるんじゃないかと牛美は心の中で思っている。(口にはしないが…)



デジカメ復活

  • 2011/12/02(金) 13:04:58

修理に出していたデジカメ(ソニーサイバーショット)がやっと戻って来た。 
   戻って来たというよりも何度も催促してプレッシャーかけて戻してもらったと言うべきか。。。?
シンガポールマラソンに間に合わないところだった。あぶないあぶない。絵日記も復活だね。

スコットランドで「あのー、レンズ前にあるガラスカバーに亀裂が入っているんですが、これ、修理にどれ位かかります?」と恐る恐る差し出したカメラを「こんなメジャーな修理が保証内で出来る訳がないだろ」と一瞥して鼻で嘲笑った親父に 今から戻って伝えてやりたい。。。「国際保証でただでした」と。



11月30日 〜 12月2日 忙しい三日間だった。

ジョギングも三日目をすぎたので、坊主(三日坊主)にはとりあえずならず、引き続き短い距離をゆっくり走っている。走り出してから30分過ぎると熱が体全体にまとわりつく感じで息があがる。


銀行、カメラ屋、ヘッドホンを探して電気屋巡り。
映画も見に行った。見たのはDRIVEというタイトル。(日本上映はないかな)
撮り方は面白かったんだが内容がいまひとつ。主演のライアン・ゴスリングという男優は好きなんだが。。。


2日はシンガポールマラソン エキスポ。



カジノの入っているマリーナ側のコンベンションセンターへゼッケンを引き取りに行く。





     

広い会場をきっちりはっきり区切ってある。
5キロ、10キロ、ハーフマラソン、フルマラソンが同時開催とあって 総参加者数 な〜〜〜んと 70000人! 

それぞれスタート地点とスタート時間が違うが、フィニッシュラインが一緒ということで フィニッシュエリアのごった返しようは毎年そうとうなものらしい。



カラフルなこのテープは腕にまくペースメーカー。各キロメーター毎の通過予定時間がプリントされている。
奴豚が選んだのは。。。? 
牛美も次のレース用に4時間15分のを貰った。
目標は高めに。


ランナー仲間と夕飯。
終日シトシト雨だったが、ローカルランナー達は、マラソン当日はこんな雨であって欲しいと言う。涼しいからだそうだが、やはりローカルの皆さんも暑いと思っていたのね。

              
(写真左)この時期 町中がクリスマスイルミネーション。
                  (写真右)マリーナの野外で無料のジャズコンサート


ちなみに以前も記載したかもしれないが、カジノに行くならパスポートを忘れずに。
外国人は入場料ただ。

千円カット? いえ、600円です。

  • 2011/11/30(水) 15:22:35

ジプシー生活をしていると、行く先々で生活必需品を補充するので、何かにこだわっているわけにはいかない。唯一こだわるのはランニングシューズで、これは計画的に履き替え買い替えをしている。化粧品や薬に不自由する事もないし、よっぽどの秘境にでも行かない限り問題は無いだろう。

散髪も同様。28日 (月) 髪を切りに行った。

最寄り駅に10ドルカットのスタンドがあったので丸刈りの小僧や年輩男性に交じってチョキチョキ。日本でもここのところずっと千円カットだが、10ドルは今の換算レートで600円なり。
難しいスタイルでもなし、パーマをかけるでもなし、河童にされたことは一度もない。皆さん手さばき良く上手で満足。
プノンペンで行ったサロンで剃刀でジャリジャリ削がれた時はあまりいい気分ではなかったけれど。。。
ちなみに奴豚の散髪は牛美がしている。今や慣れたもんだ。完成度より当人の満足度重視ね。



29日(火) 三日坊主で終わらせまいと朝のうち近所をジョギング。

    
  
こんもり茂る木々の下を走る。

これが最近お気に入りのジョギングコース。




この近辺は大邸宅と呼ぶにふさわしいコロニアルスタイルのお屋敷が多い。
広い敷地に大きなお屋敷。



木陰を選んで走るも 10時をまわると流石に暑く、戻ってプールで頭を冷やす。

 ☜ 友人宅と庭のプール。



中国ビザセンターへビザを受け取りに行った帰り、ボートキーと呼ばれる川岸の遊歩道を歩いていて大雨に降られ、地下に逃げ込み電車で帰宅。


シンガポールで中国のビザを取る

  • 2011/11/29(火) 02:30:53

先週木曜に申請した中国本土のビザが取れた。
( ビザ申請に必要な書類に関しては先日のブログを参照願う)

30日間滞在の予定表を提出していたので、きっちり30日のビザだった。当たり前と言えば当たり前なんだが、へぇ〜と思った。
料金はビザが50シンガポールドル + 手数料25ドルでひとり75ドル也。
急ぐ場合は割増料金を払えば二日で出来上がるようだが我々は四日。
行くのは 杭州、蘇州、上海、南京、北京、天津とその周辺、万里の長城も歩いてみたい。
地図上で日本のサイズと比較しては、その広さにちょっと面食らっているのが本音。


ダイエットはどうなった。。。?

  • 2011/11/27(日) 01:40:45

11月26日(土)

奴豚はランナー仲間に促がされて、朝のうちに しぶしぶ近所の貯水池へ走りに。
貯水池まわりはトレイル道で気分のいいコースなのだが、こう連日大雨が降っていると多分ドロドロだろうと思い 牛美は庭のプールでのーびのびしていた。

午後 スーパーへ買い物に出掛けて 帰路、極ウマのチキンライスの夕食。いつも満席だが待つ甲斐のある味である。NOVENA駅 徒歩3分、安くて美味しい名店。



27日 (日) 1ヶ月ぶりにジョギングする。

7時起床で貯水池まで往復、約1時間走って戻る。朝のうちはまだ暑さに耐えられる。
奴豚はランナー仲間と今度はイーストコーストを走りに。5時起き。マラソンあるから頑張るね。だが走っても走ってもお腹が出て来るのはナゼナンダロウカ。。。?

フライトで入ってきた友人と待ち合わせて昼食へ。
1986年以来の長く密なつき合いの仲で、ブログにも何度か登場しているが、我々の旅を始めるきっかけとなった自由の翼をくれた恩人でもある。奴豚は家に残して熟女二人の昼下がり。優雅にアフタヌーンティーなんて時間が持てるのもシンガポールならではかもしれない。
もうこれ以上はいただけませんっ!。。てほど食べておいて、夜は知り合いに誘われて懲りずにインドカレーをお腹に収めてしまって大後悔の夜。

singlish (シングリッシュ)

  • 2011/11/25(金) 00:21:31

シンガポールの英語はイングリッシュではなくシングリッシュ
この国特有の発音がある。文法もかなり簡素化されている。
米語、英語に慣れている人には、初めて耳にする時は英語に聞こえない(と思う)。奴豚もいまだに会話についていけず、時々通訳してやっている。

かく言う牛美も初めて聞いた時は中国語だと思った。気の強かった同期生が「申し訳ないけど英語で言ってくれる?」と真顔で尋ねた時の相手の面食らった顔は30年たった今も忘れられない。が、5年も暮らした牛美はネイティブシングリッシュスピーカーである。
に入っては郷に従うワタクシの場合、シンガポールに来ればシングリッシュ、米国ではアメリカ英語、英国へ行けばブリティッシュイングリッシュに自動的に変換するようになっている。というのは嘘で、相手の話し方が移るだけなんだが。

最近、アメリカ人の若者が喋る英語に違和感を持つようになった。抑揚がなく平坦、早口でlikeを多用する 薄っぺらな響きが好きになれない。
日本の若者言葉に訳すと「…っていうか〜〜、…っていう感じぃ〜?」に近い。
最近の日本の若者の話し方を聞いておらず、若者の友達もいないので偉そうなことは言えないが、多分今もそう大差はないだろうと思う。

言葉はどんどん変化する。流行言葉しかり、昨今のモバイル端末用短縮言葉には感心する。発想力だなぁ。
パソコンは便利で手放せないが、そのせいで漢字が書けなくなってしまった。漢字というのは頭よりも手が覚えているのであろう。
立派な筆跡の人には賢人、美人が多かった。性格や生活態度まで想像出来た。最近は履歴書の筆跡が人生を左右することなどないのだろうなぁ。



25日(金) Bugis Streetを散歩。
東京のアメ横、御徒町を彷彿させる場所。
路上に椅子を出して営業している昔ながらの気功治療の先生に 数日前から痛みだした足を治療してもらった奴豚、効いたようだ。

夜はランナー仲間集結。
東京を走ったメンバーに、メドックで走ったメンバー、ロックネスで走ったメンバーが加わり大人数。
まくしたてるトップスピードのシングリッシュ会話の渦の中で、普段は人の三倍もお喋りな奴豚がシー〜ーンと静かなこと静かなこと。。。






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